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Person / 人

孟獲

Meng Huo
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南中重要度 2

概要

南中の豪族。『三国志』本文に名はなく、裴松之の注が引く『漢晋春秋』に「七度捕えて七度放した」。「公は天の威、南人はもう背かない」。演義が蛮王にした。雲南には孟獲の廟がある。彝族は自分たちの祖と言い、諸葛亮も一緒に祭る。

関わったできごと(1)

諸葛亮の南征AD225年 · 七縦七擒

本文

孟獲。 『三国志』本文に、名がない。 諸葛亮伝。「三年春、亮、衆を率いて南征し、その秋悉く平らぐ」。 李恢伝、馬忠伝、呂凱伝。雍闓、高定、朱褒。 裴松之注、『漢晋春秋』。「孟獲という者、夷漢の服する所」。「七縦七擒」。 「公は天威なり。南人は復た反せず」。 『華陽国志』。「孟獲を御史中丞に」。 それだけ。 演義。第87回から91回。「七擒孟獲」。 祝融夫人。孟優。木鹿大王。兀突骨。藤甲。 「蛮王」。 祝融夫人は火の神の子孫。飛刀。 「南蛮」。 中国の古典で「蛮」は南の民の総称。 「南中」。雲南、貴州、四川の南。 彝族。 「孟獲は彝族の祖先」。彝族は言う。 「孟獲は漢人だった」。「孟」は南中の漢人の大姓。 「孟獲は夷漢の間の人」。 「夷漢の服する所」は、そういう意味。 雲南の昭通に「孟獲の墓」。 雲南の各地に「孟獲の廟」。諸葛亮と一緒に。 「彼らは、負けた方と勝った方を、同じ廟に」。 1000年後、南詔と大理。 南中は、そのあと中国に戻ったり離れたり。 明の時代に、彝族の土司が「孟獲の子孫」を名乗った。 「七度捕えて七度放す」。 裴松之は「ありえない」と言って、書いた。 「ありえないが、諸葛亮ならしそうだ」。