← 地図で見る
Person / 人

マルク・イザムバード・ブルネル

Marc Isambard Brunel
AD1769年4月25日 – AD1849年12月12日(享年80)
イギリス重要度 3

概要

ノルマンディーの農家の生まれ。海軍士官となり、革命下で王党派の言動により亡命した。アメリカでニューヨーク市の技師を務め、1799年に渡英する。ポーツマス工廠に、滑車を大量生産する機械の系列を据えた。四十五人の熟練工の仕事を、十人の未熟練工で置き換えた。工場の機械化の初期の例である。製靴機械の事業で破産し、債務者監獄に入った。テムズ・トンネルのシールド工法を考案し、十八年かけて完成させた。

関わったできごと(1)

テムズ・トンネルAD1843年3月25日 · 設計

本文

**マルク・イザムバード・ブルネル**(1769〜1849年)。

**ノルマンディー、アシー**の生まれ。**裕福な農家**。

(——**父は、**息子を、**司祭にしようとした**。

〈**——**神学校に、入れた**。

**そして、**教師が、**「この子は、数学と製図しかしない」**と、父に告げた**。

**——**父が、諦めた**。〉

**そして、**海軍に入った**(1786年)。

〈**——**六年、西インド諸島の航路にいた**。

**そして、**そこで、**器用さと、機械の才を、示した**。〉)

**亡命**。

(——**1792年、パリ**。

**革命の、最中である**。

〈**——**彼は、**王党派だった**。

**そして、**公然と、そう言った**、と伝えられる**。

**——**危険になった**。〉

**1793年7月、**アメリカへ、逃げた**。

〈**——**その船で、**偽の身分証明を、自分で作った**、という逸話がある**。〉

**アメリカ**。

〈**——**測量士として、働いた**。

**そして、**ニューヨーク市の、主任技師**になった**(1796年)。

**——**大砲の鋳造所、劇場、そして港の防御**を、設計した**。〉

**そして、**ある夕食の席で、**イギリス海軍の話を聞いた**。

〈**——**「軍艦一隻に、**滑車が、千個以上、要る**」**。

**「そして、それを、**手で、作っている**」**。

**——**年間、**十万個以上**が要る**。〉)

**ポーツマス**。

(**1799年、**イギリスへ渡った**。

**そして、**海軍本部に、**売り込んだ**。

〈**——**最初、**相手にされなかった**。

**そして、**海軍の技師、サミュエル・ベンサム**(哲学者ジェレミー・ベンサムの弟)**が、**採用した**。〉

**1802年から1806年、**ポーツマス工廠**。

**——**滑車製造の、機械の系列**。

〈**——**四十五台の機械**を、**三つの工程に分けて、並べた**。

**そして、**それぞれの機械が、**一つの動作だけをする**。

**——**木材を、切る。穴を開ける。溝を掘る。形を整える**。

**そして、**水車(後に蒸気機関)で、**全部を、動かす**。

**——**結果**。

**〈それまで、**熟練の職人、110人**が必要だった仕事を、**

**——**未熟練の労働者、10人**で、こなせるようになった。**

**そして、**年に、13万個**。〉**

**——**世界で最初の、**完全に機械化された、大量生産の工場の一つ**とされる**。

**〈——製造した機械は、**ヘンリー・モーズリー**(工作機械の父)である。**

**そして、これらの機械の一部は、**1960年代まで、稼働していた**。〉**

**そして、彼は、**それに対する報酬を、**なかなか、払ってもらえなかった**。

〈**——**訴えて、**ようやく、17,000ポンドを得た**。〉)

**破産**。

(——**その後、**製材所、**製靴機械**、**印刷機**、**そして、他の事業**。

**製靴機械**。

〈**——**ナポレオン戦争の、軍靴を作るため**。

**——**成功した**。

**そして、**戦争が、終わった**。

**——**注文が、消えた**。

**〈——大量の在庫と、負債が、残った。〉**〉

**1821年5月、**債務者監獄**(キングズ・ベンチ)に、入った**。

**——**妻ソフィアも、**一緒に入った**。

〈**——**当時、そういうことがあった**。〉

**十一週間**。

**——**そして、**出られた理由**。

〈**——**ロシア皇帝アレクサンドル1世**が、**彼を、ロシアに招こうとした**。

**〈——サンクトペテルブルクのネヴァ川に、橋を架ける計画があった。〉**

**——**イギリス政府が、**慌てた**。

**「彼を、外国に、取られてはならない」**。

**——**5,000ポンドを、**議会が、支出した**。

**〈借金を、肩代わりした。〉**〉)

**トンネル**。

(**1818年、**シールドの特許**。

**1825年、着工**。

**そして、**十八年**。

〈**——**五度の浸水**。

**——**六人以上の死者**。

**——**七年の中断**。

**そして、**1842年、彼自身が、脳卒中で倒れた**(工事の、最終盤である)。

**——**それでも、**1843年3月25日、開通**。〉

**——**そして、**その年、**ナイト爵**を受けた**。〉)

**息子**。

(**イザムバード・キングダム・ブルネル**(1806〜1859年)。

〈**——**父が、**フランス式の教育**を受けさせた**。

**〈パリのアンリ4世学校。**

**——そして、時計職人のブレゲの下で、修業させた。〉**

**そして、**二十歳で、**テムズ・トンネルの現場主任**になった**。

**——**1828年の浸水で、**流されて、重傷を負った**。

**そして、療養先のブリストルで、**クリフトン吊り橋の設計競技**に、応募した**。

**——**そこから、**グレート・ウェスタン鉄道**、**グレート・ブリテン号**(世界初の、鉄製・スクリュー推進の大西洋横断船)、**そして、グレート・イースタン号**。

**〈——後に、大西洋横断ケーブルを敷いた、あの船である。〉**

**——**イギリスで、**最も有名な技師**になった**。〉

**——**父と息子で、**19世紀のイギリスの土木を、作った**。〉)

**死**。

(**1849年12月12日**。**八十歳**。

**——**トンネルの開通から、**六年後**である**。〉)

AD1769年の世界を地図で見る国境・できごと・生きている人が、その年のものに入れ替わります