概要
北インドへ17回遠征し、寺院の富を持ち帰ってガズナを学芸の都にした。インドでは略奪者として、ペルシア語圏では庇護者として記憶されている。
関わったできごと(1)
ソムナート寺院の略奪AD1026年 · 遠征本文
トルコ系の奴隷軍人の家系から出た。
北インドへ17回遠征した。 狙いは、寺院に蓄えられた富になる。
ソムナート寺院の略奪は、 インドで千年語り継がれることになった。
持ち帰った富で、ガズナを学芸の都にした。 フィルドウスィーもビールーニーも、 この宮廷に関わっている。
ビールーニーは遠征に随行し、 サンスクリットを学んでインドの学問を書いた。 略奪する側の宮廷から、 インドを最も丁寧に記述した書物が出ている。
インドでは略奪者として、 ペルシア語圏では文芸の庇護者として記憶される。
同じ人物についての記憶が、 地域によって正反対になる例になる。
その記憶が、いまのインドの政治で 繰り返し持ち出されている。