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Person / 人

マフムード・ガズナウィー

Mahmud of Ghazni
AD971年 – AD1030年(享年59・推定)
ガズナ朝重要度 4

概要

北インドへ17回遠征し、寺院の富を持ち帰ってガズナを学芸の都にした。インドでは略奪者として、ペルシア語圏では庇護者として記憶されている。

関わったできごと(1)

ソムナート寺院の略奪AD1026年 · 遠征

本文

トルコ系の奴隷軍人の家系から出た。

北インドへ17回遠征した。 狙いは、寺院に蓄えられた富になる。

ソムナート寺院の略奪は、 インドで千年語り継がれることになった。

持ち帰った富で、ガズナを学芸の都にした。 フィルドウスィーもビールーニーも、 この宮廷に関わっている。

ビールーニーは遠征に随行し、 サンスクリットを学んでインドの学問を書いた。 略奪する側の宮廷から、 インドを最も丁寧に記述した書物が出ている。

インドでは略奪者として、 ペルシア語圏では文芸の庇護者として記憶される。

同じ人物についての記憶が、 地域によって正反対になる例になる。

その記憶が、いまのインドの政治で 繰り返し持ち出されている。