概要
コンゴ独立の初代首相。7か月で失脚し、外国の関与のもとで殺された。独立の難しさの象徴になる。
関わったできごと(1)
ルムンバの殺害AD1961年1月17日 · 当人本文
郵便局員から、独立運動の指導者になった。
コンゴ初代首相になる。
独立式典で、ベルギー国王の前で演説した。
用意された儀礼的な挨拶ではなく、 植民地支配の実態を並べた。
「我々は嘲笑され、侮辱され、 朝も昼も夜も殴られた」。
その演説が、西側の警戒を招いたとされる。
カタンガの分離に対して国連に支援を求め、 動かないと見てソ連に頼った。
それが決定的になる。
解任され、拘束され、 分離派の支配地域へ移送されて殺された。
7か月の在任になる。
ベルギーの関与が、2001年の議会調査で認められた。
遺体は溶かされ、歯が一本だけ残った。 2022年、それが家族に返された。