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Person / 人

李元昊

Li Yuanhao
AD1003年 – AD1048年(享年45・推定)
西夏重要度 3

概要

タングートの首長が、宋の姓を捨て、文字を作らせ、皇帝を称した。宋と三度戦って勝ち、和議で銀と絹を取る。息子の妻を奪い、その息子に鼻を削がれて死んだ。

所属

西夏

関わったできごと(1)

西夏文字の制定AD1036年 · 命じた

本文

タングートの首領の家に生まれた。 祖父と父は宋から趙の姓を与えられ、節度使として河西を治めていた。

父の死後、姓を宋のものから嵬名に戻し、 髪を剃って独自の髪型を法で定め、文字を作らせた。 1038年に皇帝を称して、宋に対等の書簡を送った。

宋は三度大軍を送り、三度負けた。 三川口、好水川、定川寨。 1044年の和議で、宋は年に銀5万両と絹13万匹、茶2万斤を贈ることになった。 名目は「賜与」で、実質は買った平和だった。

晩年は暴君として書かれる。 息子の妃を奪って自分の妃にした。 1048年、その息子の寧令哥に鼻を削がれ、翌日死んだ。 46歳だった。