概要
長岡藩の家老。藩政を改革して金を作り、ガトリング砲を買った。武装中立を求め、小千谷で岩村精一郎に拒まれ、戦った。膝を撃たれ、会津への峠で死んだ。「峠」の人。
所属
日本関わったできごと(1)
北越戦争AD1868年(慶応4年)5月 · 家老本文
長岡。 1827年。 120石。 「継之助」。 「蒼龍窟」。 「若い頃、 藩の、 学校で、 『私は、 朱子学は、 やらない。 陽明学だ』」。 「怒られた」。 1852年、 江戸。 斎藤拙堂。 古賀謹一郎。 佐久間象山。 「象山の、 塾に」。 「象山は、 傲慢。 私も」。 「合わなかった」。 1859年、 備中松山。 山田方谷。 「藩の、 借金を、 返した、 人」。 「藩政改革」。 「河井は、 方谷の、 家で、 1年」。 「本は、 読まない。 方谷の、 やり方を、 見る」。 「塵壺」。 日記。 「長崎」。 「外国の、 船」。 1865年、 長岡。 「郡奉行」。 「町奉行」。 「家老」。 「1867年」。 「藩政改革」。 「藩の、 借金」。 「10万両」。 「返した」。 「兵制」。 「洋式」。 「年貢を、 下げた」。 「賭博を、 禁じた」。 「遊郭を、 閉じた」。 「藩士に、 『武士は、 働け』」。 「金」。 「藩の、 米を、 売った」。 「ガトリング砲」。 「2門」。 「日本に、 3門」。 「一門、 6000両」。 「エドワード・スネル」。 「横浜」。 「ミニエー銃」。 「アームストロング砲」。 1868年。 「武装中立」。 「幕府を、 守るのでも、 新政府に、 つくのでも、 ない」。 「長岡は、 長岡」。 「スイスの、 ように」。 「河井は、 スイスを、 知っていた」。 「本で」。 閏4月。 小千谷。 「岩村精一郎」。 「土佐」。 「24歳」。 「河井は、 41歳」。 「30分」。 「岩村は、 『時間の、 無駄』」。 「河井は、 翌日、 また、 行った。 岩村は、 会わなかった」。 「河井は、 帰る道で、 『戦う』」。 「家老の、 中には、 『恭順を』」。 「河井は、 『この、 藩を、 薩長の、 草履取りには、 しない』」。 「戦った」。 5月19日、 長岡城。 「落ちた」。 「河井は、 ガトリング砲を、 自分で、 撃った」。 「城下に、 火」。 「河井が、 放った」。 「そう、 言われる」。 7月24日。 八丁沖。 「沼」。 「夜」。 「700人」。 「腰まで、 水に」。 「朝、 城の、 裏から」。 「取り返した」。 「25日、 河井は、 左脚に、 弾」。 「29日、 また、 落ちた」。 「会津へ」。 「八十里越」。 「担架」。 「八十里、 腰抜け武士の、 越す峠」。 「自嘲」。 8月16日。 塩沢。 只見。 矢沢宗益の、 家。 「破傷風」。 「河井は、 下僕の、 松蔵に、 『私の、 遺体を、 焼いて、 骨を、 長岡に』」。 「自分で、 火葬の、 薪を、 命じた」。 「『もう、 いい』」。 42歳。 「長岡藩は、 7万4000石から、 2万4000石」。 「藩士は、 飢えた」。 「河井の、 せいだ」。 「長岡の、 人は、 長く、 河井を、 恨んだ」。 「明治の、 間中」。 「河井の、 墓が、 蹴られた」。 「昭和になって、 『河井は、 正しかった』」。 「司馬遼太郎」。 『峠』。 1968年。 「長岡は、 河井を、 許した」。 「2022年、 映画」。 「役所広司」。 「小林虎三郎は、 河井の、 反対派だった」。 「戦争に、 反対した」。 「米百俵」。 「河井が、 負けて、 虎三郎が、 学校を」。 「両方が、 長岡」。