概要
「弓の巧い者」。河伯の娘柳花が日光に感じて産んだ卵から。扶余王の子らに殺されかけて南へ、魚と亀の橋を渡り、卒本で高句麗を建てた。東明聖王。扶余にも同じ東明の話があり、百済も温祚の父と呼ぶ。三国が同じ始祖を分け合った。
所属
高句麗関わったできごと(1)
高句麗の建国(伝承)BC37年(伝承) · 建国本文
鄒牟。朱蒙。東明。 「弓の巧い者」。扶余の言葉、と『三国史記』。 BC58年、と『三国史記』は計算する。 河伯の娘柳花。日光。卵。五升。 犬と豚が食べず、牛馬が避け、鳥が覆った。 7歳で弓。百発百中。 帯素が「殺せ」。 烏伊、摩離、陝父。 淹淲水。魚と鼈の橋。 毛屯谷。麻の衣、衲の衣、水藻の衣。 卒本。BC37年、22歳。 沸流国の松譲。弓で競った。 行人国、北沃沮。 琉璃。扶余に残した妻礼氏の子。「七稜の石の上の松の下に隠したものを持って来い」。折れた剣の半分。柱の下から。合わせた。太子。 BC19年、40歳で死んだ。龍山。東明聖王。
『論衡』王充。1世紀。「北夷の橐離国の王の侍婢が、卵のような気に感じて子を産んだ。東明。弓が巧い。王が恐れて殺そうとした。南へ逃げ、掩淲水で弓で水を打つと魚鼈が橋になった。扶余に至って王になった」。 扶余の東明。高句麗の朱蒙。同じ話。 高句麗は扶余から出て、扶余の始祖の話を自分のものにした。 百済は「東明の廟」を祭った。温祚の父。 広開土王碑は「北扶余から出た」と刻む。5世紀の高句麗は自分で扶余の子と言った。 「天帝の子」。日光。太陽。 「河伯の女」。水。 天と水の間の卵。朝鮮の建国神話の型。赫居世も首露も卵から。 桓仁の五女山城。卒本。2004年、中国の世界遺産「高句麗の都城と古墳群」。 中国は高句麗を「中国の地方政権」と言い、韓国は「韓国の古代国家」と言う。「東北工程」。朱蒙がどちらの祖か、いまも争われている。 2006年のドラマ『朱蒙』。81話。視聴率50%。