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Person / 人

ジョゼフ・モニエ

Joseph Monier
AD1823年11月8日 – AD1906年3月13日(享年82)
フランス重要度 3

概要

南フランスの生まれ。パリの公園で庭師として働き、後に造園業を営んだ。橙の木を植える鉢が、温度差と根の力で割れることに悩み、金網を入れたモルタルで作ることを思いつく。1867年、鉢と桶で特許を取り、その後、管、貯水槽、床板、橋へと特許を広げた。彼は構造の理論を持っていない。なぜ鉄が引張を受け持つのかを説明したのは、後のドイツの技師たちである。特許を安く売り渡し、豊かにはならなかった。

関わったできごと(1)

鉄筋コンクリートAD1867年 · 特許を得た

本文

**ジョゼフ・モニエ**(1823〜1906年)。

**南フランス、ガール県、サン=カンタン=ラ=ポトリ**。

(**——**貧しい家**である**。

**そして、彼は、**庭師**になった**。

〈**——**パリへ出て、**チュイルリー宮の庭**で、働いた**、とされる**。

**そして、**独立して、**造園と、園芸の道具の製造**を、営んだ**。〉)

**鉢**。

(——**問題**。

〈**——**橙の木**を、**大きな鉢に植えて、**冬は、温室へ運ぶ**。

**〈——「オランジュリー」。**

**——貴族の庭の、定番である。〉**

**——**そして、**その鉢が、**割れる**。

**理由**。

**〈(a)**根が、**内側から、押す**。**

**(b)**そして、**冬の凍結と、夏の乾燥**。**

**(c)さらに、**運ぶときに、割る**。〉**

**——**木の桶は、**腐る**。

**——**素焼きは、**割れる**。〉

**——**彼は、**セメントのモルタルで、作ってみた**。

**——**割れた**。

**そして、**鉄の網を、中に入れた**。

**——**割れなくなった**。〉)

**特許**。

(**1867年7月16日**。

〈**——**「園芸に用いる、鉄とセメントを組み合わせた、移動可能な桶」**。

**——**そして、**その年のパリ万博に、出品した**。〉

**そして、彼は、**次々に、応用した**。

〈**1868年——**管と、貯水槽**。

**1869年——**板**。

**1873年——**橋**、そして**歩道橋**。

**1878年——**梁と、桁**。

**——**そして、**約十五の特許**を、取った**。〉

**1875年、**シャズレ城**(ロワール)の庭に、**鉄筋コンクリートの歩道橋**を、架けた**。

〈**——**長さ、約16メートル**。**幅、約4メートル**。

**——**世界初の、鉄筋コンクリートの橋**とされる**。

**そして、**いまも、**残っている**。

**〈——1988年、**歴史建造物**に、指定された。〉**〉)

**理論が、無い**。

(——**そして、これが、**この話の、核心である**。

〈**——**彼は、**なぜ、鉄が効くのか**を、**理解していなかった**。

**——**そして、**鉄網を、**部材の中央**に、入れていた**。

**〈——「補強するなら、真ん中だろう」。〉**

**——**しかし、**引張は、**引かれる側の、縁**に、集中する**。

**——**中央に入れても、**ほとんど、効かない**。〉

**——**それを、**正したのは、ドイツ人である**。

〈**1879年、**グスタフ・アドルフ・ヴァイス**(ベルリンの建設業者)が、**モニエの特許を、買った**。

**——**そして、**試験をして、**配置が、間違っている**ことに、気づいた**。

**そして、**マティアス・ケーネン**(プロイセンの建設監督官)が、**1886年、**計算の理論を、発表した**。

**——**「モニエ=ヴァイス方式」**。

**〈——ドイツで、**急速に、普及した**。〉**〉)

**そして、儲からなかった**。

(——**彼は、**特許を、安く、売り渡した**。

〈**——**ヴァイスへの売却額は、**わずかである**、とされる**。

**——**そして、**彼自身の事業は、**大きくならなかった**。〉

**1906年3月13日、**パリで、死去**。**八十二歳**。

〈**——**極めて、貧しかった**、と伝えられる**。

**——**そして、**葬儀は、**質素だった**。〉)

**評価**。

(——**「鉄筋コンクリートの発明者」**と、しばしば、呼ばれる**。

**——**そして、**それは、正確ではない**。

〈**——**先行する例が、いくつもある**。

**〈(1)**ジョゼフ=ルイ・ランボー**(1848年)——**

**——鉄網とモルタルで、**船**を作った。**

**——1855年のパリ万博に、出品されている。**

**——そして、**その船は、いまも、ブリニョールの博物館にある**。**

**(2)**ウィリアム・ウィルキンソン**(イギリス、1854年の特許)。**

**(3)**フランソワ・コワニェ**(フランス、1850年代)。**

**——彼は、**構造としての理解**を、モニエより、深く持っていた。〉**

**——**それでも、**モニエの名が、残った**。

**理由**。

〈**——**彼が、**多数の特許を、体系的に取った**こと**。

**——**そして、**ドイツで、**「モニエ方式」**として、**理論化され、普及した**こと**。

**〈——名前が、方式の名として、定着した。〉**〉

**——**そして、**彼は、**植木鉢を、作ろうとしただけである**。

〈**——**二十世紀の建物の、**ほとんどすべて**が、**その原理で、立っている**。〉)

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