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Person / 人

ジョン万次郎

John Manjirō
AD1827年1月27日 – AD1898年11月12日(享年71)
日本重要度 3

概要

土佐の漁師の子。14歳で漂流し、鳥島でアメリカの捕鯨船に拾われ、マサチューセッツで学び、金鉱で稼いで、10年後に帰った。ペリーが来たとき幕府に呼ばれ、アメリカを知る唯一の日本人として通訳し、咸臨丸に乗った。

所属

日本

関わったできごと(1)

黒船来航1853年7月8日(嘉永6年6月3日) · 通訳

本文

中浜万次郎。 1827年。 土佐。 中浜村。 「漁師の、 子」。 「父は、 9歳で、 死んだ」。 「奉公」。 1841年1月。 「14歳」。 「宇佐浦」。 「漁」。 「5人」。 「嵐」。 「5日」。 「鳥島」。 「無人島」。 「アホウドリ」。 「143日」。 「アメリカの、 捕鯨船」。 「ジョン・ハウランド号」。 「ホイットフィールド船長」。 「拾われた」。 「ハワイ」。 「4人は、 ハワイに」。 「万次郎は、 船長と、 アメリカへ」。 「マサチューセッツ」。 「フェアヘイブン」。 「ジョン・マン」。 「学校」。 「英語、 数学、 航海術」。 「首席」。 「教会」。 「人種で、 席を、 分ける、 教会を、 船長が、 やめた」。 「そう、 伝える」。 1846年、 「捕鯨船に」。 「副船長」。 「3年」。 「マニラ、 グアム、 ホノルル」。 「日本の、 沖」。 「上陸できなかった」。 1849年、 「金」。 「カリフォルニア」。 「ゴールドラッシュ」。 「600ドル」。 「帰る、 金」。 1850年、 「ホノルル」。 「ボート」。 「アドベンチャー号」。 「上海行きの、 船に、 乗せて、 琉球の、 沖で、 降ろしてもらう」。 1851年2月。 「琉球」。 「摩文仁」。 「薩摩」。 「斉彬が、 会った」。 「西洋の、 話を」。 「長崎」。 「奉行所」。 「1年半」。 「取り調べ」。 「踏み絵」。 「踏んだ」。 1852年、 「土佐」。 「11年ぶり」。 「母」。 「河田小龍が、 話を、 聞いて、 『漂巽紀略』」。 「龍馬が、 それを、 読んだ」。 「そう、 伝える」。 1853年、 「ペリー」。 「幕府は、 万次郎を、 江戸へ」。 「直参」。 「中浜」。 「姓」。 「旗本」。 「漁師の、 子が」。 「ペリーとの、 交渉に」。 「通訳」。 「実際には、 使われなかった」。 「『アメリカの、 スパイかもしれない』」。 「斉昭が、 反対した」。 「万次郎は、 裏で、 英語の、 文書を、 訳した」。 「『英米対話捷径』」。 「日本で、 最初の、 英会話の、 本」。 「軍艦教授所」。 「『ボーディッチの、 航海術』を、 訳した」。 「捕鯨」。 「小笠原」。 1860年、 「咸臨丸」。 「通訳」。 「勝海舟は、 船酔いで、 寝ていた」。 「ブルック大尉と、 万次郎が、 船を、 動かした」。 「そう、 言われる」。 「サンフランシスコ」。 「万次郎は、 写真を、 撮った」。 「ウェブスターの、 辞書を、 買って、 帰った」。 1870年、 「普仏戦争」。 「視察」。 「アメリカ」。 「フェアヘイブン」。 「ホイットフィールド船長に、 会った」。 「20年ぶり」。 「船長は、 65歳」。 「帰りに、 病気」。 「引退」。 1898年11月12日。 71歳。 「東京」。 「息子の、 家」。 「中浜東一郎」。 「医者」。 「万次郎は、 一度も、 自分の、 話を、 本に、 書かなかった」。 「『漂巽紀略』」。 「小龍が、 書いた」。 「井伏鱒二」。 『ジョン万次郎漂流記』。 「1937年」。 「直木賞」。 「フェアヘイブン」。 「ホイットフィールドの、 家」。 「万次郎の、 部屋」。 「1918年、 万次郎の、 息子が、 フェアヘイブンに、 日本刀を、 贈った」。 「1987年、 土佐清水市と、 姉妹都市」。 「万次郎の、 故郷と、 第二の、 故郷」。