概要
土佐の漁師の子。14歳で漂流し、鳥島でアメリカの捕鯨船に拾われ、マサチューセッツで学び、金鉱で稼いで、10年後に帰った。ペリーが来たとき幕府に呼ばれ、アメリカを知る唯一の日本人として通訳し、咸臨丸に乗った。
所属
日本関わったできごと(1)
黒船来航1853年7月8日(嘉永6年6月3日) · 通訳本文
中浜万次郎。 1827年。 土佐。 中浜村。 「漁師の、 子」。 「父は、 9歳で、 死んだ」。 「奉公」。 1841年1月。 「14歳」。 「宇佐浦」。 「漁」。 「5人」。 「嵐」。 「5日」。 「鳥島」。 「無人島」。 「アホウドリ」。 「143日」。 「アメリカの、 捕鯨船」。 「ジョン・ハウランド号」。 「ホイットフィールド船長」。 「拾われた」。 「ハワイ」。 「4人は、 ハワイに」。 「万次郎は、 船長と、 アメリカへ」。 「マサチューセッツ」。 「フェアヘイブン」。 「ジョン・マン」。 「学校」。 「英語、 数学、 航海術」。 「首席」。 「教会」。 「人種で、 席を、 分ける、 教会を、 船長が、 やめた」。 「そう、 伝える」。 1846年、 「捕鯨船に」。 「副船長」。 「3年」。 「マニラ、 グアム、 ホノルル」。 「日本の、 沖」。 「上陸できなかった」。 1849年、 「金」。 「カリフォルニア」。 「ゴールドラッシュ」。 「600ドル」。 「帰る、 金」。 1850年、 「ホノルル」。 「ボート」。 「アドベンチャー号」。 「上海行きの、 船に、 乗せて、 琉球の、 沖で、 降ろしてもらう」。 1851年2月。 「琉球」。 「摩文仁」。 「薩摩」。 「斉彬が、 会った」。 「西洋の、 話を」。 「長崎」。 「奉行所」。 「1年半」。 「取り調べ」。 「踏み絵」。 「踏んだ」。 1852年、 「土佐」。 「11年ぶり」。 「母」。 「河田小龍が、 話を、 聞いて、 『漂巽紀略』」。 「龍馬が、 それを、 読んだ」。 「そう、 伝える」。 1853年、 「ペリー」。 「幕府は、 万次郎を、 江戸へ」。 「直参」。 「中浜」。 「姓」。 「旗本」。 「漁師の、 子が」。 「ペリーとの、 交渉に」。 「通訳」。 「実際には、 使われなかった」。 「『アメリカの、 スパイかもしれない』」。 「斉昭が、 反対した」。 「万次郎は、 裏で、 英語の、 文書を、 訳した」。 「『英米対話捷径』」。 「日本で、 最初の、 英会話の、 本」。 「軍艦教授所」。 「『ボーディッチの、 航海術』を、 訳した」。 「捕鯨」。 「小笠原」。 1860年、 「咸臨丸」。 「通訳」。 「勝海舟は、 船酔いで、 寝ていた」。 「ブルック大尉と、 万次郎が、 船を、 動かした」。 「そう、 言われる」。 「サンフランシスコ」。 「万次郎は、 写真を、 撮った」。 「ウェブスターの、 辞書を、 買って、 帰った」。 1870年、 「普仏戦争」。 「視察」。 「アメリカ」。 「フェアヘイブン」。 「ホイットフィールド船長に、 会った」。 「20年ぶり」。 「船長は、 65歳」。 「帰りに、 病気」。 「引退」。 1898年11月12日。 71歳。 「東京」。 「息子の、 家」。 「中浜東一郎」。 「医者」。 「万次郎は、 一度も、 自分の、 話を、 本に、 書かなかった」。 「『漂巽紀略』」。 「小龍が、 書いた」。 「井伏鱒二」。 『ジョン万次郎漂流記』。 「1937年」。 「直木賞」。 「フェアヘイブン」。 「ホイットフィールドの、 家」。 「万次郎の、 部屋」。 「1918年、 万次郎の、 息子が、 フェアヘイブンに、 日本刀を、 贈った」。 「1987年、 土佐清水市と、 姉妹都市」。 「万次郎の、 故郷と、 第二の、 故郷」。