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Person / 人

伊藤野枝

Itō Noe
AD1895年1月21日 – AD1923年9月16日(享年28)
日本重要度 3

概要

『青鞜』を引き継ぎ、女性の自由と無政府主義を書いた。関東大震災の混乱のなか、大杉栄と甥とともに憲兵に殺された。28歳。

所属

日本

関わったできごと(1)

『青鞜』の創刊AD1911年9月1日 · のちに編集を引き継ぐ

本文

福岡の貧しい家に生まれ、 親戚に学費を出してもらって上京した。

18歳で決められた結婚を逃げ、 教師の辻潤と暮らす。

『青鞜』に書きはじめた。

平塚らいてうから編集を引き継いだのが20歳。

貞操、堕胎、廃娼を誌上で論じた。

無政府主義者の大杉栄と出会い、辻を離れる。

大杉には妻と、もう一人の愛人がいた。

その愛人が大杉を刺す事件が起きる。

以後、野枝と大杉が並んで活動した。

子どもを七人産んでいる。

1923年9月、関東大震災。

その混乱のなか、大杉と野枝と 6歳の甥が憲兵隊に連行され、殺された。

遺体は古井戸に捨てられていた。

28歳。

実行した憲兵大尉は懲役10年で、3年で出た。

動画(1)

愛をとりもどせ!ペンと自由と伊藤野枝 〜魂で奏でる革命のファンファーレ〜【57-1 COTEN RADIOショート 伊藤野枝編1】歴史を面白く学ぶコテンラジオ_COTEN RADIO『青鞜』から関東大震災までを追うシリーズの第1回