概要
尚州の農民の子。赤子のとき虎が乳を飲ませたと伝える。新羅の西南の海の守備兵から後百済の王に。927年に慶州に入って景哀王を自殺させた。四男を継がせようとして長男に金山寺に幽閉され、逃げて王建に降った。自分の国を滅ぼす軍にいた。
関わったできごと(1)
後三国の分立AD892年 · 後百済本文
甄萱。 尚州、加恩県。農民阿慈介の子。 「赤子の頃、母が畑に行っている間、虎が乳を与えた」。 「体格が雄大で、志気が並外れていた」。 新羅の兵。西南海の防戍。裨将。 892年、武珍州。5000。 「新羅の西南の州県が降った」。 900年、完山州。「後百済王」。 「私は義慈王の恨みを」。 呉越に使いを送った。「検校太保」。 927年、慶州。鮑石亭。景哀王。妃。金傅。 公山。王建を破った。申崇謙。 930年、古昌。負けた。 934年、運州。負けた。 935年、四男金剛。長男神剣。金山寺。 逃げた。羅州。王建。「尚父」。 936年、一利川。神剣。 「憂憤で背中に腫れ物」。 黄山の寺。9月。70歳。
『三国史記』は彼を弓裔と並べて「叛逆」の巻に置いた。 『三国遺事』は「後百済甄萱」。「新羅に叛いた」。 自分の国を、自分の息子から、自分の敵と一緒に滅ぼした。 「最も不幸な建国者」。 「李氏朝鮮の史家は、彼を『万世の罪人』と書いた」。 2000年、『太祖王建』。 論山に「甄萱王陵」と言われる墓。 尚州には「甄萱山城」。 全州には後百済の王宮の跡が、まだ探されている。 虎に育てられた子。 韓国の民話には、いまも「甄萱の話」がある。