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Person / 人

ギヨーム・ド・マショー

Guillaume de Machaut
AD1300年頃 – AD1377年4月(享年77・推定)
ランス重要度 5

概要

シャンパーニュ。ボヘミア王ヨハン(盲目の王。クレシーで死んだ)の秘書として、ヨーロッパを回った(1323〜46年)。ランス大聖堂の参事会員。ナバラ王、ノルマンディー公(後のシャルル5世)、ベリー公の詩人。「アルス・ノヴァ」の最大の作曲家で、14世紀フランスの最大の詩人。ロンドー、バラード、ヴィルレー、モテット、そしてミサ。『真実の物語(ル・ヴォワール・ディ)』(60代で、19歳の娘ペロンヌとの恋の手紙と詩)。「私の終わりは私の始まり」(回文のロンドー)。

関わったできごと(1)

マショー『ノートルダム・ミサ』AD1360年頃 · 作曲した

本文

1300年頃、シャンパーニュのマシュー(ランスの近くの村)。おそらく農民か市民の家。聖職者の教育を受けた(ランスかパリで)。

1323年頃、ボヘミア王ヨハン(ルクセンブルク家。神聖ローマ皇帝ハインリヒ7世の子で、皇帝カール4世の父)の秘書(ノタリウス、後に家令)。ヨハンは「ヨーロッパで最も騎士らしい騎士」と言われ、戦争と旅を求めて、ボヘミアからリトアニア(十字軍)、ポーランド、イタリア、フランスへ動き回った。マショーは同行した。15年か20年。

ヨハンの世話で、複数の聖職禄。1330年、ヴェルダンの参事会員。1332年、アラス。1337年、ランス大聖堂の参事会員(同時に複数持つのは禁じられていたので、他を手放した)。1340年頃から、ランスに住んだ。

1346年8月26日、クレシー。盲目のヨハン王(50歳、10年前から失明していた)は「息子が戦っているなら、私も一太刀」と言って、家臣に自分の馬の手綱を左右の馬に結ばせて、戦場に突っ込んで、死んだ。エドワード黒太子が、彼の三つの羽根と「Ich dien(我は仕える)」の紋を取った(プリンス・オブ・ウェールズの紋章。いまも)。マショーはその場にいたか、分からない。哀悼の詩を書いた。

その後の主人。ヨハンの娘ボンヌ(フランス王ジャン2世の妃。1349年、ペストで死んだ)、ナバラ王シャルル悪人王(1350年代)、ノルマンディー公シャルル(後のシャルル5世、1360年代)、ベリー公ジャン、ブルゴーニュ公フィリップ。詩と音楽を注文する王侯たち。

作品。世俗の歌。バラード(42)、ロンドー(22)、ヴィルレー(33)、レー(19)、モテット(23)、ホケトゥス(1、「ダヴィデ」)、そしてミサ(1)。約400の詩(音楽なしのものを含む)。長い物語詩。『ベヘーニュ公の裁き』『ナバラ王の裁き』『愛の泉』『幸運の救済』『獅子の物語』『真実の物語』。

「アルス・ノヴァ」。フィリップ・ド・ヴィトリ(1291〜1361年。マショーの先輩で友人、モーの司教)が理論と実践を作った。マショーが最大の作曲家。イソリズム(テノルの旋律に、繰り返すリズムの型を当てる)、シンコペーション、2拍子、半音階、3声と4声。

『ノートルダム・ミサ』(1360年頃)。『わが終わりはわが始まり(Ma fin est mon commencement)』(ロンドー。テノルを逆から読むと別の声部になる、逆行の技法。歌詞が形式を説明している)。『愛しい人よ、あなたを見て私は死ぬ』。『レメード・ド・フォルテューヌ(幸運の救済)』(詩と音楽と絵の入った物語。各形式の見本が入っている)。

『真実の物語(Le Voir Dit)』(1362〜65年頃)。9000行以上。60代のマショー(片目が見えず、痛風)と、19歳の貴族の娘ペロンヌ・ダルマンティエールとの、手紙と詩と歌の往復。彼女がマショーの評判を聞いて、詩を送ってきた。会って、口づけをして、彼女は他の男と結婚した。マショーは、彼女の手紙46通を、詩の中に、そのまま入れた(と言う。実在か虚構かは、論争がある)。「私は年老いて、あなたは若い。しかし、愛は年を数えない」。

写本。マショーは自分の作品を、自分で編集して、順序を決めて、豪華な写本を作らせた。6冊(パリのフランス国立図書館、fr. 1584, 1585, 1586, 22545-6、ニューヨークのヴォジェ写本)。「私の書物は、こう並べられるべきである(Vesci lordenance que G. de Machau wet quil ait en son livre)」。作曲家が、自分の全作品集を、自分で編んだ最初の例。細密画つき。

1377年4月、ランスで死んだ。77歳頃。兄ジャンと同じ日に、と伝える(ジャンは1372年に死んだ)。二人のために、ミサが土曜日ごとに歌われた。墓は、フランス革命でランス大聖堂が荒らされたときに、失われた。

デシャン(弟子)の哀歌。「詩と音楽の高貴な修辞学者よ、……アルモニアは泣き、聖なる楽器は、笛も、ハープも、竪琴も、オルガンも、泣いている。ギヨームは死んだ」。