グズリーズ・ソルビャルナルドッティル
概要
アイスランドからグリーンランドへ。夫が死に、レイフの弟に嫁ぎ、また死に、ソルフィン・カールセフニと組んでヴィンランドへ。そこで息子スノッリを産んだ。アメリカで生まれた最初のヨーロッパ人。帰ってローマに巡礼し、修道女になった。「遠くまで行った女」。
関わったできごと(1)
ヴィンランドへの入植AD1000年頃 · 息子を産んだ本文
グズリーズ・ソルビャルナルドッティルについて分かっていることは、すべて13世紀にアイスランドで書き留められた二つのサガ、『グリーンランド人のサガ』と『赤毛のエイリークのサガ』による。どちらも、彼女が生きた時代から200年ほどのちに、口伝えの話をもとにまとめられたもので、細部はしばしば食い違う。生まれた年も亡くなった年も分からないが、10世紀の末から11世紀の前半にかけて生きた女性とみられている。
グズリーズは、アイスランドの西部のスナイフェルスネス半島で、豪族ソルビョルン・ヴィーヴィルスソンの娘として生まれたとされる。アイスランドは、9世紀の後半からノルウェーの人々が移り住んだ島で(アイスランド入植)、彼女の父の代には、すでに豪族たちが集会で法を定める社会ができていた。『赤毛のエイリークのサガ』によれば、ソルビョルンは、奴隷の血を引く男が娘に求婚したことに怒り、やがて家運が傾くと、友人の赤毛のエイリーク(赤毛のエイリーク)が開いたばかりのグリーンランドへ、一家で移ることにした(ノルウェー人のグリーンランド入植)。

グリーンランドへの船旅は過酷だった。嵐で航路を外れ、秋になってようやく着いたときには、乗っていた人の半分が病で死んでいたという。一行が身を寄せた南グリーンランドの農場は飢饉に苦しんでおり、人々は、いつ不作が終わるかを占わせるため、預言の力を持つ女ソルビョルグを招いた。儀式には、霊を呼び寄せる古い歌を歌える女が要った。グズリーズは、幼いころ養母からその歌を習っていた。自分はキリスト教徒だからと初めは断ったが、皆のためにと説かれて歌った。その歌声は美しく、預言の女は、飢饉はまもなく終わると告げ、さらにグズリーズに向かって、あなたはアイスランドで立派な結婚をし、その子孫からは輝かしい一族が出るだろうと予言した、とサガは伝える。
グズリーズは、生涯に何度も夫を失った。『グリーンランド人のサガ』では、最初の夫はノルウェーの商人ソーリルで、彼女たちが難破していたところをエイリークの息子レイフ(レイフ・エリクソン)に救われたが、ソーリルはまもなく病で死んだ。次に夫となったのは、レイフの弟のソルステインだった。彼は兄レイフが見つけた西の地ヴィンランド(ヴィンランド到達)へ渡ろうとしたが、嵐に押し戻されてたどり着けず、グリーンランドの西の入植地で、疫病にかかって冬のうちに死んだ。サガによれば、死んだソルステインは一度起き上がり、グズリーズの行く末を語ってから、再び息を引き取ったという。
三人目の夫は、アイスランドから来た裕福な商人ソルフィン・カールセフニだった。二人は、ヴィンランドに入植するための遠征を企てた(ヴィンランドへの入植)。『赤毛のエイリークのサガ』では、3隻の船に160人が乗り、家畜も積んでいったとされ、『グリーンランド人のサガ』では、もっと小さな一行だったとされる。彼らは、のちにストラウムフィヨルズやホープと呼ばれる土地に住み、そこで先住の人々と出会った。ノルウェーの人々は彼らをスクレーリングと呼んだ。初めは、ノルウェー人の持ってきた牛の乳や赤い布と、先住の人々の毛皮とが交換された。だがやがて争いが起き、戦いで死者が出た。
このヴィンランドで、グズリーズは息子を産んだ。スノッリと名づけられたこの子は、アメリカ大陸で生まれた、名の知られる最初のヨーロッパ系の子とされている。『グリーンランド人のサガ』には、不思議な場面がある。グズリーズが赤子の揺りかごのそばに座っていると、黒い服の小柄な女が入ってきて、あなたの名は何かと尋ねた。グズリーズと答えると、女も、私の名はグズリーズだと言い、そのまま消えた、というのである。先住の人々との争いが続くなかで、入植者たちは、豊かな土地であっても、ここに住み続けることはできないと悟った。3年ほどののち、一行はグリーンランドへ引き揚げた。
その後、グズリーズとカールセフニは、ノルウェーを経てアイスランドに戻り、北部のスカガフィヨルズの農場で暮らした。カールセフニが亡くなり、息子スノッリが結婚して農場を継ぐと、グズリーズは南へ旅立ち、ローマへの巡礼を果たした。アイスランドとグリーンランドがキリスト教を受け入れて(アイスランドのキリスト教受容)間もない時代のことである。帰国した彼女は、スノッリが農場に建てた教会のそばで、修道女として静かに暮らし、そこで生涯を終えたという。彼女の子孫からは、アイスランドの司教が3人出たとサガは誇らしげに記す。預言の女の言葉は当たったのである。

アイスランドから、グリーンランド、北アメリカ、ノルウェー、そしてローマへ。11世紀の女性で、これほど遠くまで旅した人は珍しく、現代には「遠くへ旅した女」と呼ばれることもある。ローマで、彼女が西の海の向こうの土地の話を誰かに語ったかどうかは分からない。ヴィンランドの話は、北の島のサガの中に眠り、コロンブスの到達のあとも長いあいだ、伝説とみなされていた。
それが伝説だけではないと分かったのは、1960年のことだった。ノルウェーのヘルゲ・イングスタッドとアンネ・スティーネ・イングスタッドの夫妻が、カナダのニューファンドランド島の北端のランス・オ・メドーで、ノルウェー人の住居の跡を見つけたのである。そこからは、鉄の釘や鍛冶の跡とともに、糸を紡ぐときに使う錘の石も出た。女性がそこで糸を紡いでいたことを示すものと考えられている。近年の研究では、そこで木が切り倒されたのは西暦1021年だと、年輪から割り出された。この遺跡がサガのヴィンランドのどこにあたるのか、グズリーズがそこにいたのかは分からない。それでも、サガの中の彼女の旅が、北の海の上で実際に行われていた往来の一つであったことは、確かめられたのである。