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Person / 人

啓蒙者グレゴリオス

Gregory the Illuminator
AD257年頃 – AD331年頃(享年74・推定)
アルメニア重要度 4

概要

父はアルメニア王を暗殺したパルティア人。カッパドキアで洗礼を受けて育ち、王に仕え、王を癒し、王と国を改宗させ、エチミアジンに大聖堂を建てた。「啓蒙者」。息子と孫が総主教を継ぎ、右手の遺骨で新しい総主教が祝別される。

関わったできごと(1)

アルメニアのキリスト教国教化AD301年(伝承) · 洗礼を授けた

本文

グリゴル・ルサヴォリチ。「照らす者」。アルメニアの使徒。 父アナクは王を殺したパルティア人。乳母がカッパドキアのカイサリアへ。バシレイオスの街の60年前。 洗礼と教育。妻マリアム、二人の息子。妻と別れて修道へ。 アルメニアへ。父の罪を償うために王に仕えた。王は彼が誰か知らなかった。

花輪を拒み、12の拷問、穴。ホル・ヴィラプ。蛇とサソリ。13年。寡婦がパンを。 穴はいまも梯子で6メートル下りられる。7世紀の修道院の下。 妹の夢で出された。王を癒し、37人の遺体を埋め、幻を見た。キリストが金の槌で地を打つ。そこがエチミアジン。「独り子が降りた」。 カイサリアで司教に叙階された。アルメニアの教会は5世紀までカイサリアの下にあり、それから独立した。

初代カトリコス。息子アリスタケスが二代目で、325年のニカイア公会議に出た。 息子ヴルタネスが三代目。その息子が。4世紀のアルメニアの総主教はグレゴリオスの家。5世紀のサハクまで。

晩年はセプフ山のマネ洞窟に誰にも言わずに隠れ、羊飼いが遺体を見つけた。トルダンに埋めた。 右手。銀の腕の形の聖遺物箱。新しいカトリコスはその右手で祝別される。いまも。 もう一つの右手がレバノンのアンテリアスにある。キリキアのカトリコス。二つの右手、二つの総主教座、同じ教会。 頭蓋骨はナポリにあった。8世紀にアルメニアの修道女が運んだ。2000年にヨハネ・パウロ2世が返した。 2001年、1700年の記念にエレバンに彼の名の大聖堂。頭蓋骨はそこに。 アルメニア使徒教会は自分を「啓蒙者の」教会と呼ぶ。使徒の名でなく、彼の名で。