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Person / 人

姜邯賛

Gang Gam-chan
AD948年 – AD1031年(享年83・推定)
高麗重要度 3

概要

文科に首席で及第した文官。第二次契丹侵入で「開城を捨てて羅州へ」と王に勧め、第三次で71歳で上元帥。興化鎮で川を牛皮で堰いて切り、亀州で追った。星が落ちて生まれたと伝え、ソウルの落星垈がその場所。

所属

高麗

関わったできごと(1)

亀州の戦いAD1019年 · 将軍

本文

姜邯賛。 948年。衿州。ソウルの冠岳。 「星が落ちた」。落星垈。 983年、文科壮元。36歳。 1010年、契丹。「避けよ」。「王は羅州へ」。 1018年、上元帥。71歳。 興化鎮。三橋川。牛皮。 「開城を守れ。追うな」。 1019年、亀州。 「数千人が帰った」。 顕宗が迎えた。金の花。 「あなたがいなければ、私たちはみな契丹の民」。 門下侍郎、推忠協謀安国功臣。 1030年、門下侍中。 1031年、84歳。 仁憲。

『高麗史』列伝。 「体が小さく、衣服は垢で汚れ、容貌は醜く、普通の人のようだった」。 「宋の使者が拝んで『文曲星が久しく見えなかった。今ここにいる』」。 星の話。 狐が化けた女の話。 「虎が人を襲うので、彼が虎を叱ると虎が去った」。 民話。 乙支文徳、姜邯賛、李舜臣。 「救国の三将」。 文官。武官ではなかった。 韓国海軍の駆逐艦「姜邯賛」。2006年。 ソウルの冠岳区に「落星垈公園」。 彼の生家の跡と言われる。 亀州の戦いは韓国では「亀州大捷」。 「大捷」は大勝。 薩水大捷、亀州大捷、閑山島大捷。 その三つを、子供が覚える。