概要
ピサの商人の子。父はブジー(現アルジェリア)の税関の役人で、少年を呼び寄せてアラビアの計算を学ばせた。エジプト、シリア、ギリシア、シチリアを回り、各地の計算法を比べた。1202年『算盤の書』。ローマ数字を捨てて位取りの数字を使うことを説いた。皇帝フリードリヒ2世の宮廷で数学の試合に出た。「フィボナッチ」は19世紀に付けられた呼び名で、本人はレオナルド・ピサーノと名乗った。
関わったできごと(1)
フィボナッチ『算盤の書』AD1202年 · 書いた本文
1170年頃、ピサ生まれ。本人は「レオナルド・ピサーノ」または「レオナルド・ビガロ(のらくら者)」と名乗った。
(「フィボナッチ」は、19世紀の数学史家ギヨーム・リブリが、彼の父の名ボナッチから「filius Bonacci=ボナッチの子」として作った呼び名である。彼自身は一度も使っていない。)
父**グリエルモ**はピサの商人で、公職に就いていた。ピサは当時、地中海の交易で栄える海洋都市国家である。
父は、**ブジー**(現アルジェリアのベジャイア)にあるピサ商人の交易所の役人になった。そして、息子を呼び寄せた。
**『算盤の書』の序文**(本人の言葉)。
「私の父は、ブジーの税関でピサの商人のために公証人を務めており、私がまだ子どものときに、私を呼び寄せた。父は、そこが有益で将来のためになると考え、私を数日、算術の学校に置くことを望んだ。
そこで、私は、インドの九つの数字による驚くべき教えを受けた。この技術の知識は、私にとって、他の何にも増して喜ばしく、心にかなうものだった。
その後、私は商用の旅で、エジプト、シリア、ギリシア、シチリア、プロヴァンスへ行き、そのすべての場所で、そこで行われている算術のさまざまな方式を学んだ。
……しかし、私は、これらすべてと、その手法を、インドの方式に比べれば誤りであると判断した」。
**1202年**、『**リベル・アバチ**』(算盤の書)。
(1228年に改訂版。現存する写本は、すべて改訂版に基づく。)
**他の著作**。
- 『**プラクティカ・ゲオメトリアエ**』(1220年)。幾何と測量。ユークリッドとヘロンに基づく。土地の測り方、体積、三角法。 - 『**フロス**(花)』(1225年)。皇帝の宮廷で出された問題への解答。 - 『**リベル・クアドラトルム**(平方の書)』(1225年)。整数論。ピタゴラス数、そして「合同数」の問題。数論の著作として、当時のヨーロッパで最も高度なものとされる。
**皇帝の宮廷**。
**フリードリヒ2世**(神聖ローマ皇帝、シチリア王)。学問を好み、アラビアとギリシアの学者を宮廷に集めていた。「王座の上の最初の近代人」と呼ばれる。
1225年頃、ピサに滞在した皇帝の前で、レオナルドは宮廷数学者パレルモのヨハネスが出した問題に答えた。
問題の一つ。「x³ + 2x² + 10x = 20 を満たす x を求めよ」。
レオナルドは、この解が、有理数でも、ユークリッドの『原論』第10巻に出てくる形の無理数(平方根の組み合わせ)でもないことを証明した。
そして、近似値を60進法で、小数第9位まで示した。1.3688081075…
**どうやって求めたかは書いていない**。この精度に、どんな方法で達したのか、いまも分かっていない。
**1240年**、ピサ市の決議が残っている。
「思慮深く学識ある人、レオナルド・ビガロに、年に20リーヴルの給与と、通常の手当を与える」。
理由として、彼が市と市民のために、会計と測量に関する助言と教えを行ってきたことが挙げられている。
**没年不明**。1240年以降、1250年頃と推定される。
**評価**。
彼が「発明した」ものは、実は少ない。インド・アラビア数字も、それによる計算法も、彼が学んだものである。
彼がしたのは、**それを、ヨーロッパの商人が使える形で、体系的に書いたこと**である。
そして、彼の本は、その後300年のイタリアの「そろばん学校(scuola d'abaco)」の教科書の系譜の出発点になった。商人の子が、その学校で計算を習い、そこから複式簿記が生まれ、ルネサンスの銀行が動いた。
(皮肉なことに、レオナルドの整数論の著作——彼が最も誇りにしていたもの——は、ほとんど読まれなかった。彼の水準に追いつく数学者が、ヨーロッパに300年以上、現れなかった。フェルマーが同じ問題に取り組むのは、17世紀である。)
**フィボナッチ数列**。
彼にとっては、本の中の一つの問題にすぎない。
1, 1, 2, 3, 5, 8, 13, 21, 34, 55, 89, 144…
この数列は、彼より前に、インドの韻律学者(ヴィラハンカ、6〜8世紀、およびゴーパーラとヘーマチャンドラ、12世紀)が、長い音節と短い音節の並べ方の数として、既に知っていた。
隣り合う項の比は、黄金比 φ = (1+√5)/2 ≈ 1.618 に近づく。
自然界での出現——ヒマワリの種の螺旋、松ぼっくりの鱗、花びらの数——には、実際に植物の成長の仕組み(葉序)に由来する本物の例がある。一方、「オウムガイの殻」「ダ・ヴィンチの絵画」「パルテノン神殿」といった有名な例の多くは、後から当てはめられたもので、根拠が薄い。
ピサには、彼の像がある。カンポサント(墓所回廊)に、19世紀に建てられたものである。