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Person / 人

エドワード・ギボン

Edward Gibbon
AD1737年5月8日 – AD1794年1月16日(享年56)
イギリス重要度 4

概要

ローマの廃墟で托鉢僧の晩祷を聞いて、衰亡史を書こうと決めたと自伝にある。20年かけて全6巻。史料に脚注を付けて書く歴史の型を作った。

関わったできごと(1)

『ローマ帝国衰亡史』の刊行AD1776年 · 著者

本文

サリーの地主の家に生まれ、病弱で学校にほとんど通わなかった。 オックスフォードに入ったが、カトリックに改宗して退学になる。 父はスイスのローザンヌへ送り、そこでプロテスタントに戻された。 フランス語で考える人になったのは、この5年のためになる。

1764年、ローマを旅した。 カピトリウムの廃墟で托鉢僧の晩祷を聞き、 この街の衰亡を書こうと決めた、と自伝は言う。

下院議員を務めながら書いた。 議会では一度も発言していない。 1776年に第1巻、1788年に第6巻。

キリスト教を衰退の理由に数えた第15章と第16章で、 聖職者から生涯攻撃された。 本人は皮肉で応じ、反論の小冊子を一つ書いただけだった。

独身で、太っていて、社交の席では話がうまかった。 ローザンヌに戻って最後の巻を書き、ロンドンで死んだ。

動画(1)

LITERATURE - Edward GibbonThe School of Life人物と本を4分で