概要
武王の弟。幼い成王の摂政として反乱を鎮め、封建と礼楽の制度を整え、7年で王位を返した。儒家が最初の聖人と数え、『周礼』を仮託した。
関わったできごと(1)
周公旦の摂政BC1042年頃 · 摂政本文
文王の子で、武王の弟になる。
名は旦。
武王が殷を倒し、2年で死んだ。
成王は幼い。
摂政になった。
兄弟が疑い、殷の遺民と組んで反乱した。
3年で鎮め、兄を殺し、弟を追放した。
東へ殷の遺民を移し、洛邑を築いた。
一族と功臣を各地に封じた。
封建。
礼と楽を定めた、と伝わる。
7年後、王位を返した。
儒家は、これを最も重んじた。
権力を持ち、奪わず、返した。
孔子は自分を周公の後継者と思っていた。
晩年に、周公の夢を見なくなったと嘆いている。
『周礼』が、この人の作とされた。
六つの官庁で国を運営する体系の書で、 戦国時代の作になる。
以後2000年、 摂政の手本として名が挙がる。