概要
ドナウの軍から皇帝になり、帝国中の住民に神々への犠牲を命じ、証明書を持たせた。キリスト教徒の全帝国での迫害はこれが最初。ゴートとの戦いで、皇帝として最初に戦死した。
所属
ローマ帝国関わったできごと(1)
デキウスの迫害AD250年 · 皇帝本文
ガイウス・メッシウス・クィントゥス・デキウス。 パンノニアのブダリア、いまのセルビア。 元老院議員で、ローマの都長官。 249年、皇帝フィリップス・アラブスが、 ドナウの軍の反乱を鎮めるためにデキウスを送った。 軍はデキウスを皇帝に立てた。 デキウスは断ったと言い、 フィリップスはウェローナで戦って死んだ。
「トラヤヌス・デキウス」と名乗った。 トラヤヌスの時代に戻す。 古い神々、古い規律。 250年1月の勅令。 すべての住民に犠牲を命じた。 帝国の統一を、神々の下で確かめる。
キリスト教徒は「皇帝の敵」ではなかった。 帝国の宗教に加わらない者だった。 デキウスは「皇帝のライバルが出るより、司教が出るほうが困る」と言った、 とキプリアヌスは伝える。 教皇ファビアヌスが1月20日に死んだ。 教皇の座が14か月空いた。
ゴート。 クニヴァ王がドナウを渡り、 フィリッポポリスを囲んだ。 デキウスが向かい、 ベロエで負け、 フィリッポポリスは落ちて10万人が殺された。 251年6月、アブリットゥス。 沼地。 息子ヘレンニウスが先に死んだ。 デキウスは「兵を一人失っただけだ」と言った、と伝える。 自分も死んだ。 遺体は見つからなかった。
皇帝が蛮族との戦いで死んだ最初。 次のトレボニアヌス・ガッルスはゴートに金を払って帰らせた。 元老院はデキウスを神格化した。 ラクタンティウスは『迫害者の死について』で、 「神の敵にふさわしい死」と書いた。 「獣に食われ、鳥に食われ、裸で横たわった」。