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Person / 人

ジャック・カルティエ

Jacques Cartier
AD1491年 – AD1557年9月1日(享年66・推定)
フランス王国重要度 3

概要

サン・マロの船乗り。3度セントローレンスへ行き、モントリオールの丘に登り、先住民の首長ドンナコナを連れ帰って死なせた。「カナダのダイヤモンド」は石英で、「カナダの金」は黄鉄鉱だった。故郷に帰って死んだ。

所属

フランス王国

関わったできごと(1)

カルティエのセントローレンス川AD1535年 · 船長

本文

ジャック・カルティエ。 1491年12月31日、 サン・マロ。 ブルターニュ。 海賊の街。 父ジャメ。 船乗り。 1520年、 カトリーヌ・デ・グランシュと結婚。 市の役人の娘。 子はなかった。 1524年、 ヴェラッツァーノの航海に、 乗っていたかもしれない。 ブラジルに行ったことがあった、と 言われる。 1532年、 モン・サン・ミシェル。 サン・マロの司教が、 フランソワ1世に、 「金を見つけられる船乗り」と紹介した。 1534年、 1535年、 1541年。 三度。 5000キロ。 セントローレンス。 「カナダ」。 「モントリオール」。 「ケベック」は、 1608年、 シャンプランの名づけ。 アルゴンキン語で「川が狭くなる所」。 カルティエは、 スタダコナと呼んだ。 ドンナコナ。 「サグネ王国。 金と、 ルビーと、 白い人々」。 ドンナコナが、 話した。 カルティエは、 王に、 そう報告した。 ドンナコナ自身に、 王の前で、 言わせた。 1536年。 ドンナコナは、 フランスで死んだ。 1539年頃。 洗礼を受けて。 「サグネ王国」は、 なかった。

1541年。 ロベルヴァル。 プロテスタント。 「副王」。 カルティエは、 「船長」。 ロベルヴァルが、 遅れた。 カルティエは、 先に。 シャルルブール・ロワイヤル。 ケベックの上流。 入植。 冬。 イロコイが、 敵に。 35人が殺された。 1542年6月、 カルティエは、 帰ることにした。 ニューファンドランドで、 ロベルヴァルに会った。 「戻れ」。 夜、 出航した。 命令に背いて。 サン・マロ。 「金」 「ダイヤモンド」。 王の鉱物学者が、 見た。 「フォー・コム・アン・ディアマン・デュ・カナダ」。 カナダのダイヤモンドのように、 偽物。 罰されなかった。 王は、 遠征を、 やめた。 ロベルヴァルは、 翌年、 帰った。 「シャルルブール・ロワイヤル」は、 2005年、 発見された。 ケベック市。 カプ・ルージュ。 土器と、 イタリアの陶器と、 炭。

リムーヴィ。 サン・マロの近く。 荘園。 「セニュール」。 1557年9月1日。 ペスト。 65歳。 サン・マロ大聖堂。 1949年、 頭蓋骨が、 見つかった。 「1557年、 ジャック・カルティエ」。 「セントローレンスの発見者」。 「カナダの名づけ親」。 「フランス系カナダ人の、 最初の英雄」。 「ダイヤモンド岬」(キャップ・ディアマン)は、 いま、 ケベック市の、 シャトー・フロントナックの下。 石英。