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Person / 人

ベハンジン

Béhanzin
AD1845年頃 – AD1906年12月10日(享年61・推定)
ダホメ王国重要度 3

概要

ダホメ最後の王。女性だけの部隊を含む軍でフランスと2年戦い、敗れてマルティニークへ流された。

関わったできごと(1)

ダホメの女性部隊1729年 · 最後の王

本文

ダホメ王国の最後の独立した王になる。 即位は1889年。名は「世界が卵を抱く」という意味を持つ。

即位の直後から、フランスとの緊張が続いた。 争点は、海岸のコトヌーの港をめぐる条約の解釈だった。

1890年に一度戦い、和議を結んだ。 その間に、ドイツ製の連発銃を買い集めている。

1892年、二度目の戦争。 女性部隊を含む軍で7週間戦ったが、機関銃と大砲の前に敗れた。 王都アボメイを、自ら焼いて退いた。

2年間、内陸で抵抗を続け、1894年に投降する。

マルティニークへ流された。 のちにアルジェリアへ移され、1906年にそこで死んだ。 遺骨がベナンへ戻されたのは、独立後になる。

ダホメの富が奴隷の売却に支えられていたことと、 その国が植民地化に最後まで抵抗したことは、同じ歴史の中にある。