概要
エストレマドゥーラの貧乏貴族。イスパニョーラで借金し、樽に隠れてダリエンへ。入植地を作り、太平洋を見た。新しい総督ペドラリアスが来て、娘婿にし、それから反逆罪で斬った。首は広場に数日晒された。
所属
スペイン帝国関わったできごと(1)
バルボアの太平洋到達AD1513年9月25日 · 探検者本文
ヘレス・デ・ロス・カバリェロス。 エストレマドゥーラ。 コルテス、 ピサロ、 デ・ソトと同じ、 貧しい、 乾いた土地。 1475年頃。 下級貴族の三男。 1500年、 バスティーダスの船で、 新大陸へ。 南米の北岸。 1502年、 エスパニョーラ。 農場。 豚を飼った。 借金。 1510年、 樽。 エンシソの船。 「サン・セバスティアン」への補給船。 サン・セバスティアンは、 先住民に潰されていた。 バルボア。 「ダリエンの向こう岸に、 毒矢を使わない人々がいる」。 サンタ・マリア・ラ・アンティグア・デル・ダリエン。 1510年11月。 アメリカ大陸の、 最初のヨーロッパ人の街。 エンシソを追い出し、 ニクエサ(王が任命した総督)を、 腐った船に乗せて、 海に出した。 消えた。 1511年、 バルボアが頭。 「アルカルデ」。 王は、 それを追認した。 1513年、 エンシソがスペインで訴えた。 「バルボアは、 簒奪者」。 王は、 ペドラリアスを新総督に。 バルボアは、 その知らせの前に、 出た。 太平洋。
1514年6月、 ペドラリアス。 「ペドラリアス・ダビラ」。 セゴビア。 70歳。 2000人。 「神の怒り」(フーロル・ドミニ)。 そう呼ばれた。 バルボアは、 金と真珠を渡し、 従った。 「レシデンシア」(在職査問)。 1515年、 王から「南の海の提督」の称号。 ペドラリアスは、 バルボアを、 娘マリアと婚約させた。 マリアはスペインにいた。 一度も会わなかった。 1517年、 アクラ。 太平洋岸。 船。 4隻。 部品を、 山越えで。 真珠諸島。 1519年1月、 ペドラリアスの手紙。 「話がある。 アクラに来い」。 来た。 ピサロが、 道で、 捕えた。 「私を、 このように迎えるのか」。 裁判。 エスピノサ。 反逆。 「ペドラリアスを、 殺す計画」。 バルボアと、 4人。 「嘘だ」。 斬首。 「私は、 王に、 忠実だった」。 ペドラリアスは、 近くの小屋から、 葦の隙間から、 見ていた、 と伝える。 44歳。 1519年、 ペドラリアスは、 パナマ市を建てた。 太平洋岸。 バルボアの船で。 ピサロは、 その船で、 ペルーへ。 バルボアの、 太平洋。 バルボアの、 犬レオンシコも、 毒殺された。 ペドラリアスの、 部下に。