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Person / 人

白居易

Bai Juyi
AD772年 – AD846年(享年74・推定)
重要度 4

概要

詩を老婆に読んで聞かせ、分からなければ直したと伝わる。「長恨歌」「琵琶行」。左遷され、杭州で堤を築き、洛陽で酒と詩の老年を送った。日本では『源氏物語』の時代に最も読まれた詩人になる。

所属

関わったできごと(1)

白居易「長恨歌」AD806年 · 作者

本文

白居易。字は楽天。 太原の家で、 鄭州の新鄭で生まれた。 772年。 父は県令。 安史の乱の後の、 藩鎮の戦争を逃げて回った。 「一年に三度引っ越した」。

800年、進士。29歳。 「慈恩塔下題名処、十七人中最少年」。 806年、県尉。 「長恨歌」。 807年、翰林学士。 「新楽府」50首。 「売炭翁」「新豊折臂翁」。 政治を詩で批判する。 「文章は時のために書き、詩は事のために作る」。 「私の詩を読んで、宰相が顔色を変え、 権力者が私を睨んだ」。

811年、母が死んだ。 井戸に落ちて。 花を見ていて、と伝える。 815年、宰相武元衡が暗殺された。 白居易が「犯人を捕えよ」と上書し、 「職分を越えた」として、 江州司馬に流された。 母が花を見て井戸に落ちて死んだのに、 「花を賞でる詩」と「新しい井戸の詩」を書いた、 という罪状も。

江州。 「琵琶行」。 「同是天涯淪落人、相逢何必曾相識」。 廬山に草堂を建てた。 822年、杭州刺史。 西湖の堤。 「白堤」と呼ばれるが、白居易の堤は別の所。 蘇州刺史。 洛陽。 「香山居士」。 龍門の香山寺に住み、 劉禹錫と酒を飲み、 「酔吟先生」。 「白居易は俗だ」と、 同時代の詩人たちは言った。 「老婆にも分かる」と、 後の人は褒めた。

846年、洛陽で死んだ。75歳。 遺言で、 「墓を作らず、香山の如満禅師の塔のそばに」。 宣宗が詩を作った。 「童子解吟長恨曲、胡児能唱琵琶篇」。

日本。 『白氏文集』は 承和年間(838〜847)に伝わった。 本人がまだ生きている間に。 『枕草子』『源氏物語』『和漢朗詠集』。 菅原道真は「白氏文集を読むこと十遍」。 「文集」と言えば、白居易の文集のことだった。