概要
詩を老婆に読んで聞かせ、分からなければ直したと伝わる。「長恨歌」「琵琶行」。左遷され、杭州で堤を築き、洛陽で酒と詩の老年を送った。日本では『源氏物語』の時代に最も読まれた詩人になる。
所属
唐関わったできごと(1)
白居易「長恨歌」AD806年 · 作者本文
白居易。字は楽天。 太原の家で、 鄭州の新鄭で生まれた。 772年。 父は県令。 安史の乱の後の、 藩鎮の戦争を逃げて回った。 「一年に三度引っ越した」。
800年、進士。29歳。 「慈恩塔下題名処、十七人中最少年」。 806年、県尉。 「長恨歌」。 807年、翰林学士。 「新楽府」50首。 「売炭翁」「新豊折臂翁」。 政治を詩で批判する。 「文章は時のために書き、詩は事のために作る」。 「私の詩を読んで、宰相が顔色を変え、 権力者が私を睨んだ」。
811年、母が死んだ。 井戸に落ちて。 花を見ていて、と伝える。 815年、宰相武元衡が暗殺された。 白居易が「犯人を捕えよ」と上書し、 「職分を越えた」として、 江州司馬に流された。 母が花を見て井戸に落ちて死んだのに、 「花を賞でる詩」と「新しい井戸の詩」を書いた、 という罪状も。
江州。 「琵琶行」。 「同是天涯淪落人、相逢何必曾相識」。 廬山に草堂を建てた。 822年、杭州刺史。 西湖の堤。 「白堤」と呼ばれるが、白居易の堤は別の所。 蘇州刺史。 洛陽。 「香山居士」。 龍門の香山寺に住み、 劉禹錫と酒を飲み、 「酔吟先生」。 「白居易は俗だ」と、 同時代の詩人たちは言った。 「老婆にも分かる」と、 後の人は褒めた。
846年、洛陽で死んだ。75歳。 遺言で、 「墓を作らず、香山の如満禅師の塔のそばに」。 宣宗が詩を作った。 「童子解吟長恨曲、胡児能唱琵琶篇」。
日本。 『白氏文集』は 承和年間(838〜847)に伝わった。 本人がまだ生きている間に。 『枕草子』『源氏物語』『和漢朗詠集』。 菅原道真は「白氏文集を読むこと十遍」。 「文集」と言えば、白居易の文集のことだった。