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Person / 人

ゲオルギウス・アグリコラ

Georgius Agricola
AD1494年3月24日 – AD1555年11月21日(享年61)
ザクセン重要度 4

概要

本名はゲオルク・パウアー。ザクセンの染物屋の子。ライプツィヒで古典を学び、イタリアで医学を修めた。銀山の町ヨアヒムスタール、次いでケムニッツの市医となる。坑夫を診療しながら、坑内に入り、道具と手順を記録した。鉱物を色、硬さ、光沢など観察できる性質で分類し、化石を生物の遺骸と考えた。ケムニッツ市長を四度務めた。カトリックのまま、宗教改革下のザクセンに留まったため、死後、市内に埋葬されなかった。

関わったできごと(1)

デ・レ・メタリカAD1556年 · 著者

本文

**ゲオルギウス・アグリコラ**(1494〜1555年)。

**本名——**ゲオルク・パウアー**(Georg Bauer)。

(——**「パウアー」は、ドイツ語で**「農民」**。

**それを、**ラテン語にした**(Agricola)。

**〈——人文主義者の、慣行である。〉**

**ザクセン、グラウハウ**の生まれ。**染物屋、あるいは織物商の子**。〉)

**学問**。

(**ライプツィヒ大学**(1514年入学)——**古典、ギリシア語、ラテン語**。

〈**——**当時の、人文主義の教育である**。

**そして、彼は、**ギリシア語の教師**になった**(ツヴィッカウ)。〉

**1522年、**再びライプツィヒ**。**そして、**医学**へ**。

**1523年から1526年、**イタリア**。

〈**ボローニャ、パドヴァ、ヴェネツィア**。

**——**医学の学位**を得た、とされる**(記録は、確実ではない)。

**そして、**ヴェネツィアで、**アルドゥス・マヌティウスの印刷所**の仕事に、関わった**。

**〈——ガレノスのギリシア語全集の校訂。**

**——彼は、**古典の学者**として、経歴を始めた。〉**〉)

**ヨアヒムスタール**。

**1527年**。

(——**ボヘミアの、**銀山の町**。

**〈いまのチェコ、ヤーヒモフ。**

**——1516年に鉱脈が見つかり、**十年で、人口が数百から一万数千に膨れた**。**

**そして、そこの銀貨が、**「ターラー」**、後の**「ダラー」**である。〉**

**——**そこの、**市の医師**になった**。

**そして、**薬を作るために、**鉱物が要った**。

〈**——**当時の薬は、**植物と、動物と、鉱物**から作る**。

**——**それで、**坑内に、入り始めた**。〉

**——**そして、**そこから、離れなくなった**。〉)

**書いたもの**。

(**『ベルマンヌス、あるいは金属をめぐる対話』**(1530年)。

〈**——**対話篇である**。

**三人が、**鉱山を歩きながら、話す**。

**——**エラスムスが、**この本に、序文を寄せた**。

**〈当時、最高の推薦である。〉**〉

**『化石の本性について』**(1546年)。

〈**——**鉱物を、**色、硬さ、光沢、重さ、形、味、匂い**で、分類した**。

**——**それまでの分類は、**アルファベット順**か、**用途別**である**。

**〈プリニウスと、その後継者。〉**

**——**観察できる性質で分ける**、という考え方が、ここにある**。

**そして、**化石**(当時は、「地面から掘り出したもの」全般を指す語)**について**。

**——**彼は、**貝の化石を、**かつて生きていた生物の遺骸**と、考えた**。

**〈——当時、**「岩の中で、自然に生じた形」**とする説が、有力だった。**

**——アグリコラの見方が、正しかった。〉**〉

**『デ・レ・メタリカ』**(1556年、死後刊行)。

**そして、**地下水と、地震と、火山についての著作**。

〈**——**「地下の水は、雨が染み込んだものである」**。

**——**これも、**当時、争われていた**。

**〈——「海水が、地下を通って、塩を失う」という説があった。〉**〉)

**市長**。

(——**1531年、**ケムニッツ**へ移った**。**そこの、市の医師**。

**そして、**1546年から、**四度、市長**を務めた**。

〈**——**そして、彼は、**カトリック**である**。

**ザクセンは、**ルター派の中心**である**。

**〈ルターは、すぐ近くのヴィッテンベルクにいた。〉**

**——**それでも、**市長に選ばれた**。

**〈——彼の学識と、実務の能力が、それを上回った、ということである。〉**

**そして、**ザクセン公モーリッツの、**外交の使者**も、務めた**。〉)

**死**。

(**1555年11月21日**。

**——**そして、**ケムニッツの教会に、埋葬されることを、拒まれた**。

〈**——**プロテスタントの、市の牧師**が、認めなかった**。

**理由——**彼が、カトリックのまま死んだから**。〉

**——**遺体は、**約六十キロ離れた、ツァイツ**へ運ばれ、**そこの大聖堂に、葬られた**。

〈**——**そして、その墓の場所も、後に、分からなくなった**。〉

**〈——四度、市長を務めた町が、**彼を、埋めなかった**。〉**〉)

**残ったもの**。

(**(1)**『デ・レ・メタリカ』**——**二百年、鉱業の教科書**。

**(2)**鉱物学の、体系的な記述の、出発点**。

〈**——**「鉱物学の父」**と呼ばれる**。〉

**(3)そして、**方法**。

〈**——**「自分で見たこと、あるいは、信頼できる人から聞いたことだけを、書く」**。

**——**古代の権威を、**引用するのではなく、**現場を、確かめる**。

**そして、**必要なら、**古代の記述を、否定する**。

**〈——彼は、**プリニウスの誤りを、繰り返し、正している**。〉**

**——**これは、**16世紀の、科学の書き方として、**極めて先進的である**。〉

**(4)そして——**新しい語**。

〈**——**適切なラテン語が無かった**。

**——**だから、**ドイツ語の現場の語を、ラテン語にした**。

**〈fossilis(掘り出されたもの)→ fossil。〉**

**——**そして、それが、**ヨーロッパの学術語に、入った**。〉)

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