概要
若い頃フン人の人質だった。フン人の兵でガリアを守り、ブルグント族を潰し、西ゴートと組んで、カタラウヌムでアッティラを止めた。「最後のローマ人」。皇帝ウァレンティニアヌス3世が自分の手で剣で刺した。翌年、皇帝もアエティウスの部下に殺された。
関わったできごと(1)
カタラウヌムの戦いAD451年 · ローマの将軍本文
アエティウス。 390年頃。ドゥロストルム。モエシア。 父ガウデンティウス。スキタイ人。騎兵隊長。 「アラリックの人質」。405年から。3年。 「フン人の人質」。ルアの下。 「フン人の戦い方を知っていた」。 423年、ホノリウスが死んだ。ヨハンネスが簒奪。アエティウスがフン人6万を連れて来た。ヨハンネスは殺されていた。ガッラ・プラキディアと和した。 ガリアの司令官。 西ゴート。フランク。ブルグント。 430年、フェリックスを殺した。 432年、ボニファティウス。リミニ。ボニファティウスが勝って、傷で死んだ。アエティウスはフン人へ。 433年、フン人の兵で戻った。 「パトリキウス」。「軍司令官」。 436年、ブルグント族。ヴォルムス。フン人が2万人を殺した。『ニーベルンゲンの歌』の元。 437年、バガウダエ。 439年、トゥールーズ。西ゴートと和した。 443年、ブルグントの残りをサヴォワに。 445年、アラモリカ。 「アッティラの友」。「息子カルピリオを人質に」。「アッティラに書記を送った」。 451年、アッティラがガリアへ。 「テオドリック」。西ゴート。「敵と組んだ」。 カタラウヌム。「6月20日」。テオドリックが死んだ。アッティラが退いた。 「アエティウスは追わなかった。西ゴートが強くなるのを恐れた」。 452年、イタリア。「レオ」。 453年、アッティラが死んだ。 454年9月21日。ラヴェンナ。皇帝ウァレンティニアヌス3世。「息子ガウデンティウスを皇帝の娘に」。ペトロニウス・マクシムスとヘラクリウス。「アエティウスは皇帝の座を狙っている」。会計の報告の最中に、皇帝が剣で。 「陛下は右手で左手を切りました」。誰かが言った。 455年3月16日、アエティウスの部下二人が皇帝を殺した。 「最後のローマ人」。プロコピオス。 「彼が死んで、西ローマの軍はなくなった」。 「20年、彼一人が」。 「フン人の人質だった男が、フン人を止めた」。 「フン人の兵で、ゲルマン人を抑え、ゲルマン人の兵で、フン人を止めた」。 「誰を信じたか。誰も」。 「皇帝が、彼を殺した」。 「21年後、476年」。