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Event / できごと

絹の秘密

The smuggling of silkworms
AD552年
重要度 4
古シベリアの狩猟採集民フィン・ウゴル系タイガの狩猟採集民東ローマ帝国ササン朝ペルシアサーミフランク王国西ゴート王国アクスム王国ヒムヤル王国マクリアガーナ王国クシャーナ系の諸侯国サクソン人ブルグント族SvevesAnglo-Saxonsテューリンゲン族ブレンミュエス西ローマ帝国BasksAD552年コンスタンティノープル
このできごとには、まだ自由に使える図版が見つかっていません。 代わりに、このデータベースが持っているAD552年の版図を描いています(20勢力)

概要

絹の作り方は、中国が数千年、外に出さなかった。蚕の卵を国外へ持ち出せば死罪である。ローマとビザンツは、代金を金で払い続けた。プロコピオスによれば、552年、インドから来た二人の修道士がユスティニアヌス帝に申し出て、中央アジアへ戻り、卵を竹の杖の中に隠して持ち帰った。真偽は確かめられない。しかし6世紀半ば以降、ビザンツ帝国が自前で絹を生産し始めたことは確かである。皇帝の工房が独占し、紫の絹は帝室の色になった。

場所

コンスタンティノープル
41.01°N 28.98°E · トルコ・イスタンブール

関わった人(1)

ユスティニアヌス1世AD482年頃–AD565年11月14日 · 命じた

本文

**独占**。

(——**絹の作り方**。

〈**(1)**蚕**(カイコガの幼虫)を、**桑の葉で、育てる**。

**(2)**繭を作らせる**。

**(3)**繭を、**熱湯で煮る**(——中の蛹を、殺す)。

**(4)そして、**繭から、**一本の長い糸を、繰り出す**。

**〈——一つの繭から、**数百メートルから、千数百メートル**。**

**——それを、数本、撚り合わせる。〉**〉

**——**中国が、**数千年、これを、独占した**。

〈**——**新石器時代の遺跡から、**絹の痕跡**が出ている**。

**〈——最古とされるものは、**約8,500年前**(河南省、賈湖)の土壌から、絹のタンパク質が検出された、という報告がある。**

**——議論はある。〉**

**そして、**蚕の卵と、桑の種を、国外へ持ち出すことは、**死罪**とされた**、と伝えられる**。〉)

**代金**。

(——**ローマは、**絹を、金で買った**。

〈**——**プリニウスが、**書いている**(要旨)。

**「控えめに見積もっても、**わが帝国からインド、セレス(中国)、アラビアへ、

**年に、**一億セステルティウス**が、流れ出ている」**。

**——**この数字の正確さは、疑わしい**。

**しかし、**貴金属の流出**が、**問題として認識されていた**ことは、確かである**。〉

**そして、**道徳的な批判**もあった**。

〈**——**セネカ**が、**絹の衣を、**「裸を隠さない布」**として、非難している**。〉)

**知識の流出**。

(——**少しずつ、漏れた**。

〈**(1)**朝鮮半島と日本**——**早い時期に、伝わった**。

**〈——中国からの移住者による。〉**

**(2)**ホータン(于闐)**——**タリム盆地の、オアシスの王国**。

**〈——伝説がある**。

**中国の王女が、ホータンの王に嫁ぐとき、**

**——蚕の卵と、桑の種を、**髪飾りの中に隠して、持ち出した**。**

**〈国境で、**王女の髪は、検められなかった**。〉**

**——玄奘が、7世紀に、この話を記録している。**

**そして、**ダンダーン・ウイリクの遺跡から出た木の板絵**に、**

**——それらしい場面が、描かれている。〉**

**(3)**ペルシア(ササン朝)**——**6世紀までに、生産していた**。

**〈——そして、**ビザンツとの間の、絹の貿易を、独占した**。**

**——中継の利益を、取った。**

**そして、**戦争のたびに、供給が止まった**。〉**〉)

**ユスティニアヌス**。

(——**問題**。

〈**(1)**ペルシアが、**絹の道を、押さえている**。

**(2)**そして、**ビザンツは、**ペルシアと、繰り返し、戦争している**。

**——**敵に、金を払って、絹を買っている**。

**(3)そして、**絹は、**宮廷と、教会の儀式に、不可欠である**。〉

**——**自分で、作りたい**。〉)

**プロコピオス**。

(**『ゴート戦記』**、第八巻(1章17節)。

**要旨**——

〈**——**そのころ、**インドから来た、幾人かの修道士**が、**ユスティニアヌスのもとへ来た**。

**そして、**皇帝が、もはやローマ人がペルシア人から絹を買わずに済むようにと望んでいる**ことを知り、

**——**皇帝のもとに参上して、**絹について、こう告げた**。

**「セリンダ**(Serinda)**という国に、長く滞在していた」**。

**〈——「セリンダ」がどこかは、**確定していない**。**

**——中国か、インドか、中央アジアか。〉**

**「絹は、**ある虫**が作るのであり、**自然が、それを教えている**。**

**……**虫を生きたまま運ぶことはできないが、**その卵ならば、可能である**。**

**……**卵は、**糞の中に埋めて温めれば、孵る**」**。

**——**皇帝は、**大きな褒賞を、約束した**。

**そして、彼らは、**セリンダへ戻り、**卵をビザンティウムへ持ち帰った**。

**——**そして、**上記の方法で、孵化させ、**桑の葉で育てることに、成功した**」**。〉

〈**——**そして、**テオファネス**(別の史料)は、**「杖の中に隠した」**と記している**。

**——**この、「竹の杖」の細部は、**プロコピオスには、無い**。〉)

**真偽**。

(——**確かめられない**。

〈**(1)**プロコピオスは、**同時代人**である**。**〈信頼できる部類の史料。〉**

**(2)**しかし、**この話は、**伝聞である**。

**(3)そして、**「二人の修道士」という細部**は、**後の伝承で、増えたものである**。

**〈プロコピオスは、**人数を、特定していない**。〉**

**(4)さらに——**技術は、**一度、卵を持ち込めば済むものではない**。

**——**桑の栽培、**孵化の温度管理**、**繭を煮る**、**糸を繰る**、**そして、織る**。

**——**その全部の技能が、要る**。

**〈——だから、**「人が、来た」**という理解のほうが、**妥当である**。**

**卵ではなく、**技能を持った人間**が、移動した。〉**〉

**——**それでも**。

**6世紀半ば以降、**ビザンツ帝国が、自前で絹を生産し始めた**ことは、**確かである**。〉)

**その後**。

(——**帝室の独占**。

〈**——**皇帝の工房**(gynaecea)**が、**生産と、販売を、管理した**。

**そして、**特定の等級の絹**は、**帝室と、それが与える相手だけが、着られる**。

**——**特に、**紫**。

**〈——ムレックス貝から取る、**帝室紫**(Tyrian purple)。**

**——皇帝が生まれた部屋を、**「ポルフュロゲネトス」**(紫に生まれた)**と呼んだ。〉**

**そして、**外国の使節へ、**絹を、外交の贈り物として、与えた**。

**——**「絹の外交」**である**。〉

**そして、**シチリアへ**。

〈**——**1147年、**ノルマン王ルッジェーロ2世**が、**ギリシアのテーバイとコリントスを襲い、

**——**絹織工を、**捕虜として、パレルモへ連れ帰った**。

**〈——技術は、**人と一緒に、移動する**。**

**——同じことが、繰り返された。〉**

**そして、**イタリア(ルッカ、ヴェネツィア、フィレンツェ)へ**。

**さらに、**フランス(リヨン)へ**。〉)

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