六十進法
概要
メソポタミアの数は60を単位にした。60は2、3、4、5、6、10、12、15、20、30で割り切れる。分けるのに都合がよい。粘土板に楔で刻む記号は二つだけで、縦の楔(1)と横向きの楔(10)を並べ、位置で桁を示す。位取りの考え方は、ここが最も古い。ゼロにあたる空位の記号は後から現れた。円を360度に、1時間を60分に、1分を60秒に分けるのは、この数の名残である。
場所
31.32°N 45.64°E · イラク・ムサンナー県
本文
メソポタミアの書記たちは、湿った粘土の板に葦の筆を押しあてて字を書いた(楔形文字の成立)。数も同じように刻まれた。使う記号は、基本的に二つしかない。筆を立てて押した細長い楔が1、筆を寝かせて押した横向きの楔が10である。1から9までは縦の楔を必要な数だけ並べ、10、20と増えるたびに横の楔を足していく。こうして59までを書く。60になると、桁が一つ上がり、また縦の楔一つで表す。
つまり、60を一まとまりとする六十進法であり、しかも記号の位置で桁を示す位取りの書き方である。右から、1の位、60の位、3600の位と、左へ行くたびに60倍になる。私たちが使う十進法の位取りと同じ考え方を、紀元前2000年ごろのバビロニアの書記たちはすでに使いこなしていた。位取りの記数法としては、知られている限りここが最も古い。
なぜ60なのかは、はっきりとは分かっていない。最もよく挙げられる理由は、割り切れる数の多さである。60は2、3、4、5、6、10、12、15、20、30で割り切れる。10は2と5でしか割れない。穀物や銀や土地を分ける計算では、この違いが大きくきいた。3分の1は十進法では0.333…と終わりなく続くが、六十進法では「20」とすっきり書ける。このほか、10を単位とする数え方と6を単位とする数え方が交わって60になったという説や、片手の親指で残り4本の指の関節12か所を数え、もう片方の手の指5本でその12の束を数えて60に達する指の数え方が起源だという説もある。どれも決め手はない。
ただ、メソポタミアの数がはじめから一つの体系だったわけではない。古いシュメールの帳簿では、数えるものが穀物か家畜か土地かによって、別々の数の書き方が使い分けられていた。それがしだいに整理され、紀元前3千年紀の終わりごろには、計算のための六十進法の位取りが、書記の学校で教えられる共通の道具になった。
位取りには弱点があった。空いている桁をどう示すかである。たとえば楔一つは、1とも、60とも、3600とも読める。初めのうちは間を少し空けたり、文脈で判断したりしていた。紀元前1千年紀の後半になると、空いた桁を示すために斜めの楔を二つ並べた記号が使われるようになる。ただし、この記号は数の途中の空いた桁を埋めるのに使われ、数の末尾にはふつう置かれなかった。1なのか60なのかは、やはり文脈で読む必要があった。足したり引いたりできる一つの数としてのゼロが現れるのは、のちのインドで、7世紀のブラーマグプタがその計算の規則を書いている(ブラーマグプタのゼロ)。
粘土板には、書記たちが何を計算したかが残っている。掛け算の表、逆数の表、平方や立方の表がある。割り算を「逆数を掛ける」ことで行ったため、逆数の表は欠かせなかった。耕地の面積を求める問題、運河を掘るのに要る土の量と人夫の数を求める問題、利息の計算もある。正方形の面積と一辺の長さを足すといくらになる、一辺はいくつか、という二次方程式にあたる問題を、言葉で書かれた手順で解いている。正方形の対角線の長さ、つまり2の平方根を、十進法に直して小数点以下5桁ほどまで正しく書いた粘土板もある。
紀元前1800年ごろの粘土板「プリンプトン322」には、15行にわたって数の組が並ぶ。直角三角形の三辺にあたる数の組、いわゆるピュタゴラス数に関わる表だというのが通説で、ピュタゴラスより1000年以上も前のものになる。ただ、それが何のための表だったのか、三角法の表なのか、教師が問題を作るための控えなのかについては、解釈が分かれている。
六十進法がいちばん力を発揮したのは天文学である。紀元前1千年紀のバビロニアの天文学者たちは、月や惑星の位置を何百年にもわたって記録し、いくつもの周期を足しあわせて、日食や月の満ち欠けを予測する表を作った。ギリシアのヒッパルコスはバビロニアの観測記録を使い、2世紀のクラウディオス・プトレマイオスも、天文の計算では整数を十進で書きながら、端数には六十進法を使った。この習わしがイスラーム世界の天文学を通ってヨーロッパに伝わった。
こうして六十進法は、日常の数が十進法に置き換わったあとも、角度と時間の中に生き残った。円を360度に分け、1度を60分、1分を60秒に分けるのは、この流れを汲んでいる。360という数は、1年がおよそ360日であることと関係があるとも言われるが、確かではない。1時間を60分、1分を60秒に分けるのも同じ系譜で、ただし1日を24時間に分けるのは古代エジプトから来たものである。時計の文字盤を見るたび、私たちは二つの古代文明の数え方を重ねて使っていることになる。