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Person / 人

横井小楠

Yokoi Shōnan
AD1809年9月22日 – AD1869年2月15日(享年59)
日本重要度 3

概要

熊本の儒者が福井に招かれ、『国是三論』で富国と開国を説いた。「堯舜孔子の道を明らかにし、西洋器械の術を尽くす」。新政府の参与になって、京で「耶蘇教を広める」と疑われて斬られた。

所属

日本

本文

熊本。 1809年。 横井時直。 「小楠」。 「小さな、 楠」。 「楠木正成の、 小さな」。 藩校時習館。 「居寮長」。 1839年、 江戸。 「酒」。 「乱闘」。 「帰らされた」。 「実学党」。 「熊本の、 儒学を、 実学に」。 「朱子学」。 「堯舜三代の、 道」。 「三代の、 政治」。 「それは、 西洋に、 ある」。 「アメリカの、 ワシントン」。 「大統領は、 世襲でなく、 賢者を、 選ぶ」。 「堯舜と、 同じ」。 1858年、 福井。 春嶽が、 招いた。 「賓師」。 「福井藩の、 改革」。 「藩の、 商業」。 「生糸」。 「殖産」。 1860年。 『国是三論』。 「富国、 強兵、 士道」。 「富国は、 交易」。 「鎖国は、 道に、 反する」。 「天地の、 気を、 塞ぐ」。 「西洋の、 器械は、 学ぶ」。 「西洋の、 道徳は、 学ばない」。 「キリスト教は、 学ばない」。 1862年、 江戸。 春嶽の、 政事総裁職。 「顧問」。 「文久の、 改革」。 「幕府は、 『大開国、 大攘夷』」。 「開国して、 力をつけて、 それから、 外国と、 対等に」。 12月。 「士道忘却」。 江戸で、 友人と、 飲んでいて、 刺客に、 襲われた。 小楠は、 「刀を、 持っていなかった」。 「逃げた」。 「友人を、 置いて」。 「熊本藩は、 『武士の、 恥』」。 「士籍剥奪」。 「知行召し上げ」。 「蟄居」。 「熊本」。 「沼山津」。 「4年」。 「四時軒」。 「坂本龍馬が、 来た」。 「三度」。 「船中八策は、 小楠の、 話から」。 「井上毅も」。 「由利公正も」。 1867年12月、 王政復古。 「小楠を、 新政府に」。 「岩倉が」。 1868年、 「参与」。 「京」。 「熊本藩は、 罪を、 解いた」。 「小楠は、 60歳」。 「制度局」。 「明治の、 制度を」。 「五箇条の、 御誓文」。 「由利が、 書いた」。 「小楠の、 弟子」。 1869年1月5日。 京都。 寺町。 「参内の、 帰り」。 「駕籠」。 「十津川郷士、 6人」。 「上田立夫、 鹿島又之允」。 「斬奸状」。 「小楠は、 夷狄と、 通じ、 耶蘇教を、 広めようと、 している」。 「小楠は、 駕籠から、 出て、 刀を、 抜いた」。 「60歳」。 「斬られた」。 「首は、 持ち去られた」。 「小楠は、 キリスト教を、 広めようと、 していなかった」。 「小楠は、 『西洋の、 道徳は、 学ばない』と、 書いた」。 「攘夷派は、 それを、 読んでいなかった」。 「小楠は、 西洋の、 知識を、 持つ人が、 みな、 耶蘇教徒に、 見える人に、 殺された」。 「大村は、 9か月後」。 「甥の、 横井左平太と、 大平は、 アメリカに、 留学していた」。 「小楠が、 送った」。 「『私は、 彼らに、 西洋の、 学問を、 学ばせて、 私の、 道を、 広めさせる』」。 「詩」。 「堯舜孔子の道を明らかにし、 西洋器械の術を尽くさば、 なんぞ富国に止まらん、 なんぞ強兵に止まらん、 大義を四海に布かんのみ」。 「四海」。 「世界に」。 「1869年に、 それを、 言って、 殺された」。