概要
大江雅致の娘。和泉守の妻。冷泉天皇の子為尊親王と恋をし、親王が死ぬと弟敦道親王と。『和泉式部日記』。親王も死に、道長の娘彰子に仕えた。紫式部が「けしからぬ方こそあれ」「歌はいとをかし」と書いた。「あらざらむこの世のほかの思ひ出に」。娘小式部内侍も歌人。
本文
和泉式部。 976年頃。 「大江雅致の娘。母は平保衡の娘」。 「『御許丸』。『太皇太后昌子内親王の、女房』」。 「999年頃。橘道貞。和泉守。『和泉式部』」。 「『小式部内侍』。娘」。 「『為尊親王』。冷泉の三男。『道貞と、別れた』」。 「1002年。『為尊が、死んだ。26歳』」。 「1003年。『敦道親王』。弟。『和泉式部日記』。『私は、宮の、車で』」。 「『敦道の妃が、出て行った』」。 「1007年。『敦道が、死んだ。27歳』」。 「『帥宮挽歌群』。『120首』」。 「1009年頃。『中宮彰子』。『道長』」。 「『紫式部』。『和泉式部といふ人こそ、おもしろう書きかはしける。されど、和泉はけしからぬ方こそあれ。うちとけて文はしり書きたるに、その方の才ある人、はかない言葉の、にほひも見え侍るめり。歌はいとをかしきこと』」。 「『道長。「浮かれ女」。扇に』」。 「『和泉式部。「越えもせむ越さずもあらむ逢坂の関守ならぬ人なとがめそ」』」。 「1013年頃。『藤原保昌。道長の家司。「丹後守」』」。 「『小式部内侍。「大江山」』」。 「1025年。『小式部が、死んだ』」。 「『とどめおきて誰をあはれと思ふらむ子はまさるらむ子はまさりけり』」。 「『没年、不明』」。 「『和泉式部集』。1500首」。 「『あらざらむこの世のほかの思ひ出にいまひとたびの逢ふこともがな』。百人一首56番」。 「『黒髪の乱れも知らずうち臥せばまづかきやりし人ぞ恋しき』」。 「『物思へば沢の蛍もわが身よりあくがれ出づる魂かとぞ見る』」。 「『暗きより暗き道にぞ入りぬべきはるかに照らせ山の端の月』。『性空上人に』」。 「『恋』。『死』。『仏』」。 「『平安で、最も、多く、恋を、歌った女』」。 「『二人の親王』」。 「『「浮かれ女」』」。 「『それを、彼女は、歌にした』」。 「『和泉式部日記』は、彼女が書いたか」。 「『「和泉式部物語」』」。 「『分からない』」。 「『歌は、彼女の』」。 「『黒髪』」。