概要
大豆と小麦に麹菌を生やし、塩水に仕込み、半年から数年寝かせる。菌の酵素がタンパク質をアミノ酸に、澱粉を糖に分解する。中国の醤が原型で、鎌倉期に紀州湯浅で径山寺味噌を作る際、樽の底に溜まる液が使われるようになったと伝えられる。江戸期に湯浅、野田、銚子で量産され、関東の濃口が江戸の味を決めた。オランダ東インド会社が樽で輸出し、ヨーロッパの宮廷の食卓にも上っている。
場所
34.03°N 135.18°E · 日本・和歌山県
本文
**原理**。
(——**大豆と、小麦**。
**(1)**蒸した大豆と、炒って砕いた小麦を、混ぜる**。
**(2)そこに、**麹菌**(*Aspergillus oryzae*、ニホンコウジカビ)**を、生やす**。
〈**——**三日ほど**。
**——**麹菌が、**大量の酵素**を、外に出す**。
**〈プロテアーゼ(タンパク質を分解)。**
**アミラーゼ(澱粉を分解)。〉**〉
**(3)**それを、**塩水に、仕込む**(——**諸味**、もろみ)。
〈**——**塩分、約16〜18%**。
**——**この濃度で、**雑菌は、育たない**。
**そして、**耐塩性の乳酸菌と酵母**だけが、育つ**。〉
**(4)**半年から、数年、置く**。
〈**——**麹菌の酵素が、**タンパク質を、アミノ酸に**。**澱粉を、糖に**。
**——**乳酸菌が、**糖から、乳酸を**。
**——**酵母が、**アルコールと、香りの成分を**。
**〈——**三百種類以上の香気成分**が、同定されている。〉**〉
**(5)**そして、**布に包んで、圧搾する**。
**(6)**火入れ**(加熱)——**酵素を止め、色と香りを作る**。〉)
**系譜**。
(——**中国の**醤**(ジャン)。
〈**——**周礼**に、既に、**「醤」の記述がある**。
**——**もともと、**肉と魚の塩漬け**(醢、ししびしお)である**。
**そして、**大豆を使うもの**が、次第に、主流になった**。
**〈——豆醤、豆豉。**
**そして、**液体を分けて使う**ようになった。〉**〉
**日本へ**。
〈**——**大宝令**(701年)に、**「醤院」**という役所がある**。
**——**「醤」「未醤」(みそ)**の語が、記録にある**。
**そして、**平安期の『延喜式』**にも**。〉)
**湯浅**。
(——**伝承**。
〈**——**1254年頃、**禅僧・覚心**(法燈国師)が、**宋から帰り、**紀州、由良の興国寺**に入った**。
**そして、**径山寺味噌**(きんざんじみそ)の作り方を、伝えた**。
**〈——大豆と、麦と、瓜、茄子、生姜、紫蘇を、漬け込んだ、**なめ味噌**である。〉**
**——**その仕込みの樽の底に、**液が、溜まる**。
**そして、**それが、**旨い**。
**——**それを、**分けて使うようになった**。
**——**それが、醤油の始まりである、と伝えられる**。〉
〈**——**この伝承の、**史料的な裏づけは、強くない**。
**そして、**「たまり」の類は、**それ以前から、各地にあった**と考えられている**。
**——**それでも、**湯浅が、醤油の産地として、早くから知られていた**ことは、確かである**。
**〈——室町期の文献に、**「湯浅の醤油」**が出てくる。〉**〉
**——**湯浅は、**紀伊水道に面した、港町**である**。
〈**——**良い水**。**塩**。**そして、**船で運べる**。〉)
**江戸へ**。
(——**当初、**関西の醤油**(薄口、たまり)が、**上方から江戸へ運ばれた**。
〈**——**「下り醤油」**。〉
**そして、**関東で、作られるようになった**。
〈**野田**(下総)と、**銚子**(下総)。
**——**理由**。
**(1)**利根川と江戸川**。
**〈——江戸へ、**船で、直接、運べる**。〉**
**(2)**原料**。
**〈——常陸と下総の大豆。**
**そして、**行徳の塩**。〉**
**(3)そして、**気候**。
**〈——関東の、**温暖で、湿った夏**が、**発酵に、向いている**。〉**〉
**そして、**濃口**。
〈**——**関東で作られたものは、**小麦を、大豆と同量、使う**。
**——**色が、濃く、**香りが、強い**。
**〈——関西の**薄口**は、**塩分がやや高く、色が淡い**。**
**——素材の色を、生かす。〉**
**——**そして、**江戸の食が、**濃口を前提に、できた**。
**〈——蕎麦、天ぷら、鰻の蒲焼、そして、握り寿司。**
**——いずれも、**濃口の醤油が、無ければ、成立しない**。〉**
**——**18世紀後半には、**江戸で消費される醤油の大半が、関東産**になった**。〉)
**輸出**。
(——**オランダ東インド会社**。
〈**——**17世紀後半から、**長崎の出島から、樽で、積み出した**。
**——**バタヴィア(ジャカルタ)**、そして**ヨーロッパへ**。
**〈記録に残る量**——**ある年に、**数百樽**。〉**
**——**そして、**ヨーロッパの宮廷の食卓**に、上った**。
**〈——ルイ14世の宮廷で、**珍味として、使われた**、という記述がある。**
**——確証は、限定的である。〉**
**そして、**壺に入れて、**密封して運んだ**。
**〈——輸出用に、**コンプラ瓶**(コンプラドール瓶)という、**
**灰色の陶器の瓶**が、作られた。**
**——「JAPANSCH ZOYA」(日本の醤油)と、オランダ語で書かれている。**
**そして、それが、いまも、収集の対象になっている。〉**〉
**——**そして、**「soy」という英語**。
〈**——**日本語の「醤油」**が、**オランダ語を経て、**入った**。
**——**そして、**大豆そのものを、**「soybean」**と、呼ぶようになった**。
**〈——順序が、逆である。**
**豆の名が先ではなく、**調味料の名が、先に伝わった**。〉**〉)
**そして、いま**。
(——**キッコーマン**(野田)、**ヤマサ**(銚子)。
**そして、**世界で、作られている**。
〈**——**1973年、**キッコーマンが、**アメリカ、ウィスコンシン州に、工場を建てた**。
**——**日本の食品会社の、**アメリカでの、本格的な現地生産の、初期の例である**。〉
**——**そして、**湯浅**。
〈**——**いまも、**木桶で、伝統的な製法で作る蔵**が、数軒、残っている**。
**そして、**「醤油発祥の地」**として、**重要伝統的建造物群保存地区**に選ばれている**。〉)