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Event / できごと

ペルシアの駅伝

The Persian royal post
BC500年頃
重要度 5
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このできごとには、まだ自由に使える図版が見つかっていません。 代わりに、このデータベースが持っているBC500年頃の版図を描いています(29勢力)

概要

スーサからサルディスまで2500キロ。一日で行ける距離ごとに宿駅を置き、馬と人を待たせる。書簡が着けば、次の者が受け取って走る。ヘロドトスが書いている。「雪も雨も暑さも夜の闇も、定められた行程を全速で走り抜くことを妨げない」。徒歩なら90日の道を、7日で伝えた。帝国の広さは、命令が届く速さで決まる。この一文が、19世紀にニューヨークの中央郵便局の壁に刻まれ、アメリカの郵便配達員の非公式の標語になった。

場所

スーサ
32.19°N 48.25°E · イラン・フーゼスターン州

本文

**王の道**。

アケメネス朝ペルシアが整備した街道。

**スーサ**(帝国の行政の中心)から、小アジア西端の**サルディス**まで。

距離——**約2500km**(ヘロドトスの記述で、111の宿駅、13,500スタディオン)。

(ダレイオス1世が整備したとされる。ただし、その一部は、アッシリアとヒッタイトの時代の道を引き継いでいる。)

**アンガレイオン**。

ギリシア語で、この駅伝の制度をこう呼ぶ。

(ペルシア語では **pirradaziš**——「速い走者」。ペルセポリスの粘土板の行政文書に、この語で呼ばれる職と、彼らへの配給の記録が残っている。)

**仕組み**。

一日で行ける距離ごとに、**宿駅**を置く。

そこに、**馬と、人を、待たせておく**。

書簡が着けば、待っていた者が受け取り、次の駅まで走る。

そして、また次の者が受け取る。

**人も馬も、休まない。書簡だけが、進み続ける**。

**ヘロドトス**。

『歴史』第8巻98節。

(クセルクセスが、サラミスの敗戦をペルシアへ知らせた場面を書いた後で。)

「**この使者の制度ほど、速く目的地に達するものは、死すべき者の中に、他にない**。……

道の全長にわたって、一日の行程ごとに、馬と人が配置されている。……

**雪も、雨も、暑さも、夜の闇も、彼らが定められた行程を、全速で走り抜くことを妨げない**。

最初の者が、次の者へ渡し、その者がまた次の者へ渡す。……ギリシア人が松明競走と呼ぶものと、同じように」。

**速さ**。

ヘロドトス自身が、別の箇所で書いている。

同じ道を、**徒歩の隊商なら90日**かかる。

この駅伝なら——**7日**。

(後の記録では、9日、あるいは6日という数字もある。)

**帰結**。

**帝国の広さは、命令が届く速さで決まる**。

(サルディスで反乱が起きたとき、スーサの王が知るまでに90日かかるなら、対応は不可能である。7日なら、可能である。

アケメネス朝の版図——エジプトからインダスまで——を統治できたのは、この道と、そして各地の**サトラップ**(総督)の制度による。

そして、王は各地に「**王の目**」「**王の耳**」と呼ばれる監察官を派遣した。彼らも、この道を使った。)

**同じことが、繰り返された**。

- **ローマ**——**クルスス・プブリクス**(公用の郵便)。アウグストゥスが整備した。街道網(総延長8万km以上)と、**ムタティオ**(馬の交換所、10〜20kmごと)と**マンシオ**(宿泊所、30〜40kmごと)。

(ただし、これは**公用に限られた**。私信は、使えない。裕福な者は、自分の奴隷に手紙を運ばせた。

そして、この制度は、**地元に重い負担を課した**。街道沿いの町が、馬と食料と宿を提供する義務を負った。)

- **中国**——**駅伝制**。秦漢の時代から。唐の時代、全国に**1639の駅**があったとされる。 - **インカ**——**チャスキ**。文字を持たない帝国が、**キープ**(結縄)と口伝を、走者の連鎖で運んだ。クスコからキトまで約2000kmを、**5日**で伝えたとされる。 - **モンゴル**——**站赤**(ジャムチ)。 - **イスラーム世界**——**バリード**。ウマイヤ朝とアッバース朝が整備した。

**そして**。

ヘロドトスのこの一文は、2500年後に、思わぬ場所に現れる。

**1912年**、ニューヨーク。

八番街の**中央郵便局**(ジェイムズ・A・ファーリー・ビル)が完成した。

その正面、コリント式の柱が並ぶファサードの上に、**銘文が刻まれた**。

「**Neither snow nor rain nor heat nor gloom of night stays these couriers from the swift completion of their appointed rounds**」

(雪も、雨も、暑さも、夜の闇も、これらの使者が、定められた行程を速やかに終えることを妨げない。)

これは、ヘロドトスの一節を、当時の英訳(**ジョージ・ハーバート・パーマー**、ハーバードの教授)から取ったものである。

(設計を担当した建築事務所マッキム・ミード・アンド・ホワイトの共同経営者ウィリアム・ミッチェル・ケンドールが、この句を選んだとされる。彼は古典の教養があり、パーマーの訳を知っていた。)

**これは、アメリカ郵政公社の公式の標語では、ない**。

(郵政公社は、公式の標語を持っていない。この銘は、一つの建物に刻まれた文である。)

それでも、**アメリカの郵便配達員の、事実上の標語**として、広く知られている。

そして、その言葉は——**ペルシア帝国の使者について、ギリシア人が書いたもの**である。

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