概要
それまでの時間は、日の出から日の入りまでを等分したものだった。だから、一時間の長さが、夏と冬で違う。日時計も水時計も、そう作られていた。修道院が、定時の祈りのために正確な合図を求め、脱進機を持つ機械が生まれた。1335年、ミラノのサン・ゴッタルド教会の塔で、時刻ごとに自動で鐘を打つ装置が動いた。以後、時間は、天体からではなく、機械の刻みから来るものになった。長さの等しい一時間が、そこから始まる。
場所
45.46°N 9.19°E · イタリア・ロンバルディア州
本文
**不定時法**。
古代から中世まで、多くの文明で、時間はこう数えられていた。
**日の出から日の入りまでを、12に分ける**。 **日の入りから日の出までを、12に分ける**。
(**昼の一時間**と、**夜の一時間**の、長さが違う。
そして——**季節によって、変わる**。
〈ローマで、夏至の昼の一時間は約75分、冬至は約45分。
日本の江戸期も同じである。「**明六つ**」「**暮六つ**」。一刻の長さが、夏と冬で違った。〉)
**なぜ、それでよかったか**。
**仕事が、日の光に従っていたからである**。
(畑を耕す。市を開く。旅をする。**暗ければ、できない**。
だから、**昼を等分するのが、合理的だった**。)
**日時計と、水時計**も、この方式に合わせて作られた。
(日時計の目盛りが、**不等間隔**になっている。
水時計〈クレプシュドラ〉は、**季節ごとに、目盛りの板を替えた**。)
**修道院**。
**変化の起点は、祈りである**。
**聖ベネディクトの戒律**(6世紀)。
**一日に、8回**、決まった時刻に祈る。
**朝課**(マティン、真夜中過ぎ)、**賛課**(ラウド、夜明け)、**一時課、三時課、六時課、九時課**、**晩課**(ヴェスペル)、**終課**(コンプリン)。
**問題**——**真夜中に、どうやって起きるか**。
(**夜、日時計は使えない**。
そして、**冬の北ヨーロッパでは、水時計の水が凍る**。)
**方法**。
- **蝋燭に、目盛りを刻む**(アルフレッド大王の考案とされる)。 - **星の位置**を見る(雲があれば、使えない)。 - **詩篇を、決まった数だけ唱える**(時間の代わりに)。 - そして——**当番の修道士が、起きていて、他を起こす**。
(——**人が、時計だった**。)
**脱進機**。
**13世紀後半**、ヨーロッパで、**重りで動く歯車を、一定の速さで進める仕組み**が現れた。
**脱進機**(escapement)。
(**冠型脱進機**(verge escapement)と、**フォリオ**(横棒の振り子)。
原理——重りが歯車を回そうとする力を、**横棒が、行ったり来たりしながら、一歯ずつ逃がす**。
「**チクタク**」という音は、この、一歯ずつ逃がす音である。)
(**誰が発明したかは、分かっていない**。
——**記録がない**。
13世紀の文書に「horologium」(時計)という語が現れるが、それが機械式か、水時計かの区別が、つかない。
**1271年**、ロベルトゥス・アングリクスが書いている。「**時計を作ろうとしている職人たちがいるが、まだ完成していない**」。
——この頃、複数の場所で、同時に試みられていた。)
**精度**——**一日に、数十分の誤差**。
(——**極めて悪い**。
しかし、**水時計より、はるかによい**。そして、凍らない。)
**打鐘**。
初期の機械時計には、**文字盤がなかった**。
**音を、鳴らすだけである**。
(「clock」という語の語源——**中世ラテン語 clocca**、**「鐘」**。
〈フランス語 cloche、ドイツ語 Glocke。〉
——**時計とは、鐘のことだった**。)
**1335年、ミラノ**。
**サン・ゴッタルド・イン・コルテ教会**の鐘楼。
年代記作者**ガルヴァーノ・フィアンマ**が、記録した。
「**そこには、一つの驚くべき鐘がある。それは、昼と夜の24時間のそれぞれの時刻に、鐘を打つ**。
**第一時には一回、第二時には二回、第三時には三回、……そして第二十四時には二十四回**。
**これによって、あらゆる身分の人々が、時を知ることができる**」。
(——**自動で、時刻の数だけ、鐘を打つ**。
**これが、記録に残る、最初期の明確な機械時計の一つ**である。〉
**そして、決定的に重要なこと**。
**24時間が、等しい長さになっている**。
——**機械は、季節を知らない**。歯車は、同じ速さで回る。
**だから、機械時計は、必然的に、定時法をもたらした**。)
**広がり**。
**14世紀**、ヨーロッパ中の都市が、**塔に時計を建てた**。
- 1344年、パドヴァ(ヤコポ・デ・ドンディの天文時計)。 - 1352年、ストラスブール。 - 1354年、そして各地。
**都市が、競って建てた**。
(**極めて高価である**。市の年間予算の相当部分を投じた例がある。
——それでも、建てた。**都市の富と、技術と、独立の象徴**だったからである。)
(そして、**多くが、精巧な仕掛けを備えた**。
人形が動く。天体の運行を示す。鶏が鳴く。
〈プラハの天文時計〈1410年〉、ストラスブールの時計。
——伝説として、「**時計職人が、二度と同じものを作れないよう、目を潰された**」という話が、複数の都市に伝わっている。**いずれも、史実ではない**。〉)
**帰結**。
**(1)労働時間**。
**14世紀のフランドルの織物の町**で、**労働の開始と終了を告げる鐘**(**ヴェルクロック**、労働の鐘)が現れた。
(——それまで、労働は「日の出から日没まで」だった。
**時計が、労働時間を、数字で区切れるようにした**。
そして、**その鐘をめぐって、争いが起きた**。
〈労働者が、鐘が早く鳴らされていると抗議した記録がある。
——**時計を支配する者が、労働時間を支配する**。〉)
**(2)時間の観念**。
**ルイス・マンフォード**(『技術と文明』1934年)の有名な主張。
「**産業の時代の鍵となる機械は、蒸気機関ではなく、時計である**」。
(彼の論——時計が、**時間を、均等で、数えられ、そして商品にできるもの**に変えた。
そして、その観念がなければ、**工場も、賃金労働も、成立しない**。)
**(3)そして——正確さへの追求**。
- **1656年**、**ホイヘンス**の**振り子時計**。
(ガリレオが、振り子の等時性を発見していた〈1583年頃。ピサの大聖堂のランプを見て、自分の脈で測った、という逸話がある〉。
ホイヘンスが、それを時計に組み込んだ。
**誤差——一日に15秒以下**。
〈それまでの、一日数十分から、**数百倍**の改善である。〉)
- **1675年**、ホイヘンスの**ひげぜんまい**(携帯できる時計へ)。 - **1761年**、**ハリソンの航海時計**(経度の測定)。 - 1927年、**水晶時計**。 - **1949年**、**原子時計**。
(——現在の最良の光格子時計の誤差は、**宇宙の年齢の間に、1秒未満**である。)
**日本**。
日本は、**明治まで、不定時法を使い続けた**。
(**和時計**——極めて特異な工夫がある。
**日本の職人は、機械時計を、不定時法に合わせて作り替えた**。
〈**二挺天符**——昼用と夜用の、二つの調速機を持ち、切り替える。
そして、**割駒式**——文字盤の目盛りを、**季節ごとに、手で動かす**。
——**24節気ごとに、調整する**。極めて手間がかかる。〉
**世界の時計の歴史の中で、他に例のない方向の発展である**。)
**1872年(明治5年)12月**、太陽暦の採用とともに、**定時法に切り替わった**。
(**12月3日が、明治6年1月1日になった**。
——理由の一つとして、**明治6年が13か月(閏月がある)で、官吏の月給を13回払わねばならないのを避けた**、という説がしばしば語られる。〈大隈重信の回想による。〉
そして、**和時計は、一夜にして無用になった**。)