概要
家庭から出る灰と燃え殻を、業者が集めて山に積む。そこで、女たちがふるいにかけて選り分けた。細かい灰は煉瓦の材料と肥料に、燃え残りの石炭はまた燃やし、骨は膠と肥料に、ぼろ布は製紙に、金属は鋳直す。塵芥業者は、この選別で財を成した。ディケンズが『我らが共通の友』で、塵芥の山を相続する話を書いている。石炭から都市ガスへ、そして灰が出なくなると、この経済は消えた。回収する動機が、消えたからである。
場所
51.51°N -0.13°E · イギリス・イングランド
本文
**ダスト**。
19世紀のロンドンで、家庭から出る廃棄物の主要なものは、**石炭の灰と燃え殻**だった。
(**すべての家が、石炭を焚いていた**。暖房も、調理も。
一世帯が、年に**1トン前後**の石炭を燃やす。その灰が出る。)
英語で **dust**。
(現代の英語で「ごみ」を指す **dustbin**〈ごみ箱〉、**dustman**〈ごみ収集人〉という語は、ここに由来する。
**もともと、ごみとは、灰のことだった**。)
**ダスト・ヤード**。
業者が、市中を回って、灰を集める。
(多くは、**無料で集めた**。あるいは、家から金をもらった。)
そして、都市の縁に積む。
**灰の山**——**ダスト・ヒープ**。
(高さ十数メートルに達するものがあった。当時の版画に、その姿が描かれている。
有名なのが、**キングズ・クロス**の近くにあったバタリッジ夫人の山〈グレイズ・イン・ロードの北〉。1820年代、この地域に巨大な灰の山があった。
**この山が、モスクワへ売られた**、という話が伝わっている。1812年の大火の後の再建のため、煉瓦の材料として。
〈史料的な裏づけは弱い。ただし、当時から語られていた。〉)
**選別**。
山の上で、**女たち**が働いた。
**ヒル・ウーマン**、あるいは**シフター**(ふるいにかける者)。
(男は運搬と積み上げ、女は選別、という分業だった。子どもも働いた。)
道具は、**ふるい**。
そして、彼女たちが選り分けたもの。
**(1)ソイル**(細かい灰)。
- **煉瓦の材料**。粘土に混ぜて焼く。(当時、ロンドンは急速に拡大しており、煉瓦が大量に必要だった。) - **肥料**。
**(2)ブリーズ**(燃え残りの石炭と、粗い燃え殻)。
- **また、燃やす**。煉瓦を焼く窯の燃料に。
**(3)骨**。
- **膠**(にかわ)。 - **肥料**(骨粉)。 - **ボタン**と、**ナイフの柄**。 - そして——**砂糖の精製**に使う骨炭。
**(4)ぼろ布**。
- **製紙の原料**。(当時、紙は木材ではなく、**布**から作られた。木材パルプが普及するのは19世紀後半である。
——だから、**ぼろ布に値段が付いた**。「ラグ・アンド・ボーン・マン」〈ぼろ布と骨の商人〉という行商が、20世紀半ばまで存在した。)
**(5)金属**。
- 鉄、銅、鉛、真鍮。鋳直す。
**(6)ガラスと陶器の破片**。
- 道の舗装と、建材に。
**(7)そして、死んだ猫と犬**。
- **毛皮**を剥ぐ。
(当時の記録に、「ダスト・ヤードで最も価値のあるものの一つは、死んだ猫である」という記述がある。
一匹、数ペンス。毛皮が売れた。)
**(8)食べ残し**。
- **豚**の餌に。
**規模**。
ロンドンの塵芥業者の数は、19世紀半ばで、数十社。
そこで働く人——**数千人**。
**ヘンリー・メイヒュー**が、『**ロンドンの労働と貧民**』(1851年)で、彼らを詳細に記録した。
(彼は、街の職業を、一つずつ聞き取って書いた。ごみ拾い、下水掃除人、犬の糞を集める者〈**ピュア・フィンダー**——皮なめしに使う。「ピュア」と呼ばれた〉、川の泥をさらう子ども〈**マッドラーク**〉。
その記録が、当時の都市の下層の生活を知る、最も重要な史料になっている。)
**ディケンズ**。
**『我らが共通の友』**(1864〜65年)。
彼の最後の完成した長篇である。
**主題**——**塵芥の山**。
老いた塵芥業者**ハーモン**が死に、その**灰の山を含む遺産**が、物語を動かす。
(作中で、山を掘り返して探す場面がある。何かが、埋まっている。)
そして、**金**と、**汚物**と、**価値**の関係が、繰り返し問われる。
(「**Dust**」という語が、作中で、灰と、金と、そして**塵に返る人間**の三つの意味で、重ねて使われている。)
(マルクスが、ほぼ同時期に『資本論』を書いている。
彼も、**廃棄物の再利用**について、一節を割いている。「生産の排泄物と消費の排泄物」。
——資本主義が、廃棄物を原料に戻すことで、原料費を下げる、という分析である。)
**終わり**。
**この経済は、19世紀後半に、消えた**。
理由——
**(1)灰が、出なくなった**。
**都市ガス**が普及した。(照明、そして調理と暖房へ。)
石炭を家庭で焚かなくなれば、灰が出ない。
**(2)紙の原料が、変わった**。
**木材パルプ**(1840年代のドイツで実用化、19世紀後半に普及)。
**ぼろ布の値段が、暴落した**。
**(3)そして——回収の動機が、消えた**。
**残るのは、価値のないごみだけになった**。
すると、**業者が、金を払って集める理由がなくなる**。
**逆に、家から金を取らなければ、集めない**。
**さらに、集めても、処分に金がかかる**。
**(4)公衆衛生法**。
**1875年、公衆衛生法**(Public Health Act)。
**自治体に、廃棄物の収集を義務づけた**。
(各家庭が「動かせる容器」——**dustbin**——にごみを入れ、自治体が週に一度、収集する。
**これが、現代の廃棄物処理の始まりである**。)
**つまり**。
**廃棄物の処理が、商売から、行政の仕事に変わった**。
利益を生むものだったのが、**費用のかかるもの**になった。
**そして、現代**。
同じ構造が、いまも働いている。
**リサイクルが成り立つのは、回収したものに値段が付くときだけである**。
- **アルミ缶**——値段が付く。だから、回収される。(新たに精錬するより、再生のほうが**エネルギーが95%少ない**。だから、確実に採算が合う。) - **鉄**——同様。 - **紙**——市況による。 - **ガラス**——重い。輸送費が、材料の価値を超えることがある。 - **プラスチック**——**種類が多すぎて、分別と再生の費用が、新品を作る費用を上回ることが多い**。
(2018年、**中国が、廃プラスチックの輸入を停止した**(国門利剣、そして「洋垃圾」の禁止)。
それまで、先進国の廃プラスチックの相当部分が、中国へ「リサイクル用」として輸出されていた。
停止によって、行き場を失った廃棄物が、東南アジアへ流れ、そして各国が次々に受け入れを制限した。
——**リサイクルされているつもりだったものが、実際には輸出されていた**という事実が、広く知られるようになった。)
19世紀のロンドンの灰の山を選り分けた女たちが働いていたのは、**そこに、金になるものがあったから**である。
その原理は、変わっていない。