コラ半島超深度掘削坑
概要
ソ連が、地殻の底まで掘ることを目指した。1970年に開始し、1989年に12,262メートルに達する。人が開けた最も深い穴である。それでも地殻を抜けていない。得られたもの。予想より深くまで水があった。花崗岩と玄武岩の境と思われていた層は、境ではなく圧力による変質だった。深さ六千メートルの岩から、二十億年前の微化石が出た。温度が想定より高く、二百度近い泥の中では掘進できず、そこで止まった。
場所
69.40°N 30.61°E · ロシア・ムルマンスク州
本文
私たちの足の下は、どうなっているのか。地球の内部の姿は、地震の揺れが地球の中を伝わる速さから推し量られてきた。大陸の下で平均35キロほどの厚さの地殻があり、その下にマントル、さらに外核と内核がある。地殻とマントルの境では地震波の速さが急に変わり、発見者の名を取ってモホロビチッチ不連続面、略してモホ面と呼ばれる。だが、それを実際に見た者はいない。人が手にした最も深い岩は、南アフリカの金鉱の地下4キロほどのものにすぎない。あとは火山がときどき深いところの岩を運び上げてくるくらいである。
地殻を掘り抜いてモホ面まで届こうという計画を最初に立てたのは、アメリカだった。1958年に始まったモホール計画である。大陸の地殻は厚いが、海の底の地殻は5〜10キロほどと薄い。だから船から海底を掘ればよい。1961年、メキシコ沖で水深3500メートルあまりの海底を180メートルほど掘ることに成功した。だが予算は膨らみ続け、1966年に議会が打ち切った。それでもこの計画から深海を掘る技術が生まれ、のちの国際的な深海掘削計画が海底の岩を集めて、ヴェーゲナーの大陸移動説(大陸は動く)から始まったプレートの動きの考えを裏付ける証拠を次々に出すことになる。

宇宙で競い合っていたソ連は、地下でも競った。1970年5月24日、北極圏のコラ半島、ノルウェー国境に近い場所で掘削が始まった。そこはバルト楯状地と呼ばれる、30億年近く前の古い岩が地表に出ている土地で、掘りやすいと考えられていた。目標は1万5000メートルである。
掘り方も普通の井戸とは違った。ふつうは地上のやぐらの機械が掘削管全体を回してドリルを回す。だが何キロもの長さの管を上から回せば、管がねじれて切れてしまう。コラでは、管の中に掘削用の泥水を送り込み、その流れで先端のタービンを回してドリルだけを回す方式を使った。管そのものは回らない。管には軽い合金も使われた。鋼では、自分の重さで切れてしまうからである。

1979年、深さは9583メートルに達し、それまでアメリカのオクラホマの井戸が持っていた世界記録を抜いた。1983年には1万2000メートルを超える。ここで、見学や報道のために作業はいったん止められた。翌年に再開すると、掘削管が5キロほどのところで切れ、穴の底に残ったまま回収できなかった。そこで7000メートルのあたりから枝分かれさせて掘り直すことになり、それに何年もかかった。1989年、ついに1万2262メートルに届く。人が掘った穴として、垂直方向に最も深い記録である。
だが、そこで止まった。原因は熱だった。12キロの深さでは100度ほどと予想されていたが、実際には180度前後に達していた。その熱と圧力の中では、岩が固い石というより粘るように振る舞い、掘った穴がゆっくりと閉じてくる。泥水の性質も変わり、ドリルが進まなくなった。機械も、その温度には耐えられなかった。1992年に掘削は止まり、1995年には計画そのものが終わった。前後してソ連の解体が起き、研究に回す金も無くなっていた。施設は2008年に閉じられ、いまは荒れた建物の跡に、溶接された直径20センチあまりの金属の蓋が地面に残っているだけである。

それでも、この穴は多くのことを教えた。地震波の速さが深さ7キロほどで変わることから、そこで上の花崗岩の層が下の玄武岩の層に入れ替わるのだろうと考えられていた。ところが掘ってみると、その深さの岩も変成した花崗岩のような岩で、玄武岩は出てこなかった。地震波の速さが変わっていたのは、岩の種類のせいではなく、高い圧力で岩の細かな割れ目が変化したためだったのである。地震波から地下の姿を読む方法そのものが見直されることになった。
深いところに水があることも分かった。それまで、そんな深さには自由に動く水は無いと考えられていた。だが実際には、鉱物の中から高い圧力で絞り出された水が岩の割れ目に閉じ込められていた。上にある水を通さない岩の層が蓋になって、地表へ抜け出せずにいたのである。
深さ6キロほどの岩からは、二十数種類の微小な化石が見つかった。20億年ほど前の海にいた、単細胞の生き物の殻とされる。それほどの深さに埋もれ、熱と圧力を受けた岩の中に、生き物の形が残っていた。掘削の泥水には、大量の水素が混じって噴き出してきた。泥が沸き立っているように見えたと記録されている。温度が予想より高かったことは、地球の中の熱の流れを考え直すきっかけにもなった。
ほかの国も地下へ挑んだ。ドイツは1990年からバイエルンで深く掘る計画を進め、1994年に9101メートルで止まった。こちらも熱が壁になった。日本は地球深部探査船「ちきゅう」を造り、地殻の薄い海の底からマントルへ届くことを目指している。
穴の長さだけなら、コラの記録はもう抜かれている。2008年にはカタールの油田で1万2289メートル、2011年にはロシアのサハリン沖で1万2345メートルの井戸が掘られた。だがこれらは石油を横に長く取るために斜めに掘ったもので、地表からの垂直の深さはずっと浅い。真下へ向かった穴としては、コラがいまも最も深い。
1万2262メートルという深さは、地球の半径6371キロのわずか0.2パーセントにすぎない。地球をリンゴにたとえれば、皮に爪を立てたほどにも届いていない。それでも熱と圧力と、そして金の不足が、そこで人の手を止めた。人類はスプートニク1号を打ち上げ、月に降り立ち(アポロ11号の月面着陸)、火星に探査機を降ろした。そのあいだ、自分の足の下の12キロより深いところは、まだ誰も見ていない。