概要
ウィルソン山の口径2.5メートルの望遠鏡で、エドウィン・ハッブルは、遠くの星雲までの距離を測った。それらは、銀河系の中の雲ではなく、はるか外にある別の銀河だった。宇宙の大きさが、一挙に広がった。さらに、それらのスペクトルが赤くずれていた。遠いものほど、速く遠ざかっている。距離と速度が比例する。宇宙は、静止していない。膨張している。ルメートルが2年前に同じ結論を理論から導いていたが、フランス語の無名の雑誌に載っていた。
場所
34.23°N -118.06°E · アメリカ・カリフォルニア州
本文
**1920年の論争**。
**「大論争」**(Great Debate)。
1920年4月26日、ワシントンのスミソニアン自然史博物館。
**問い**——「**渦巻き星雲**は、何か」。
**ハーロー・シャプレー**——**銀河系の中にある、ガスの雲である**。宇宙は、銀河系一つである。
**ヒーバー・カーティス**——**銀河系の外にある、独立した「島宇宙」である**。
**決着が、つかなかった**。
(決め手は、**距離**である。それが、測れなかった。)
**ハッブル**。
**エドウィン・パウエル・ハッブル**。1889年、ミズーリ州生まれ。
(シカゴ大学で数学と天文学。**ローズ奨学生**としてオックスフォードへ〈法学を学んだ〉。
帰国して、一年、高校で**スペイン語と物理と数学を教え、バスケットボールのコーチをした**。
——そして、天文学へ戻った。シカゴ大学ヤーキス天文台で博士号。
第一次大戦に従軍〈実戦は経験していない〉。
**彼は、しばしば、自分の経歴を誇張して語った**。ボクシングでプロの誘いを受けた、法律家として開業した、といった話は、**裏づけがない**。
そして、イギリス風の話し方と、パイプと、ツイードを身につけた。同僚の何人かが、それを揶揄している。)
**1919年**、**ウィルソン山天文台**へ。
**装置**。
**フッカー望遠鏡**。**口径2.5メートル(100インチ)**。
**1917年に完成した、当時、世界最大の望遠鏡である**。
(ロサンゼルスの北、標高1,742メートル。
——建設を主導したのは**ジョージ・エラリー・ヘール**。彼は、生涯に4回、「世界最大の望遠鏡」を作った人物である。
鏡の材料のガラスは、フランスから来た。**気泡が入っていた**。ヘールは、それを使うことを決めた。
〈そして、鏡は、温度が安定するまで像が乱れた。最初の夜、像が二重に見えて、ヘールは絶望した。数時間後、温度が落ち着いて、完璧な像が現れた。〉)
**1923年10月**。
彼は、**アンドロメダ星雲**(M31)を観測していた。
写真乾板に、新星らしきものを見つけた。「N」と書き込んだ。
**過去の乾板と、比較した**。
**それは、新星ではなかった**。
**周期的に、明るさが変わっていた**。
**セファイド変光星**である。
(彼は、乾板の「N」を消して、「**VAR!**」(変光星!)と書いた。
**その乾板は、いまも残っている**。)
**セファイド**。
**ヘンリエッタ・スワン・リーヴィット**。
(ハーバード大学天文台の「**計算手**」の一人。女性が、写真乾板を測定する仕事に、低賃金で雇われていた。
彼女は聴覚を失っていた。)
**1908年、そして1912年**、彼女は、**小マゼラン雲の変光星**について、決定的な関係を発見した。
**セファイド変光星の、変光の周期と、その真の明るさ(絶対等級)が、比例する**。
(周期は、測れる。だから、**真の明るさが分かる**。
そして、**見かけの明るさ**と比べれば——**距離が、計算できる**。
——**宇宙の距離を測る、最初の物差しである**。)
(**彼女は、その発見の意味を追求することを、許されなかった**。
天文台長ピカリングが、彼女に測定の仕事を続けさせた。
1921年、彼女は癌で死んだ。53歳。
——1925年、スウェーデンの数学者が、彼女をノーベル賞に推薦しようとして、**既に死んでいることを知った**。)
**距離**。
ハッブルの計算。
**アンドロメダまでの距離——約90万光年**。
(現在の値は、**約250万光年**である。彼の値は、**約3分の1**。
——理由。セファイドに**二種類ある**ことが、当時、知られていなかった。1952年、バーデが、それを示した。**宇宙の大きさが、一挙に倍以上になった**。)
**それでも**。
当時、**銀河系の直径は、約10万光年**と推定されていた。
**90万光年は、その、はるかに外である**。
**アンドロメダは、銀河系の外にある、別の銀河である**。
**1925年1月1日**、アメリカ天文学会で発表された。
(**彼自身は、出席していない**。論文が代読された。
——シャプレーが、その結果を知らせる手紙を受け取ったとき、同僚に言ったと伝えられる。
「**これは、私の宇宙を破壊した手紙だ**」。)
**宇宙が、広がった**。
(**銀河系が、宇宙のすべてではない**。
——数年で、既知の宇宙の大きさが、**数百倍**になった。)
**赤方偏移**。
次の問い。
**ヴェスト・スライファー**(ローウェル天文台)が、1912年から、渦巻き星雲の**スペクトル**を測っていた。
**その大半が、赤にずれている**。
(**ドップラー効果**。遠ざかる光源からの光は、波長が伸びる。
——**つまり、それらは、遠ざかっている**。)
**1929年**。
ハッブルは、**距離**(自分が測った)と、**速度**(主にスライファーが測った)を、**並べた**。
(実際の観測と計算の多くを担ったのが、**ミルトン・ヒューメイソン**。
——彼は、**正規の教育を受けていない**。14歳で学校をやめ、ウィルソン山への建設資材を運ぶ**ラバ引き**として働き、天文台の**用務員**になり、そして**夜間の観測助手**になった。
彼の観測の腕は、極めて優れていた。〉)
**1929年の論文**(『米国科学アカデミー紀要』、**わずか6ページ**)。
**距離と、後退速度が、比例する**。
**v = H₀ × d**
(**遠いものほど、速く遠ざかる**。)
**意味**。
**宇宙は、膨張している**。
(——正確には、「銀河が、空間の中を飛び散っている」のではない。
**空間そのものが、膨張している**。
だから、**中心は、ない**。どの銀河から見ても、他のすべてが遠ざかって見える。)
**ルメートル**。
**ジョルジュ・ルメートル**。ベルギーの**司祭**であり、物理学者。
**1927年**——**ハッブルの2年前**。
彼は、アインシュタインの一般相対性理論から、**膨張する宇宙の解**を導き、そして**既存の観測データから、膨張の比例定数を、実際に計算していた**。
**論文は、『ブリュッセル科学協会年報』——フランス語の、無名の雑誌に載った**。
**誰も、読まなかった**。
(彼は、アインシュタインに、この結果を話した。
アインシュタインの返答として伝えられる言葉——
「**あなたの計算は正しい。しかし、あなたの物理は、忌まわしい**」。
〈アインシュタイン自身、静止した宇宙を信じており、そのために方程式に「宇宙定数」を加えていた。彼は後に、それを「**生涯最大の失敗**」と呼んだ、とされる。
——ただし、この「最大の失敗」という言葉は、ガモフの回想にしかなく、**アインシュタイン自身の文書には見つかっていない**。そして皮肉なことに、宇宙定数は、1998年の加速膨張の発見によって、**復活した**。〉)
**1931年**、ルメートルの1927年の論文が、**英訳された**。
**そのとき、膨張定数を計算した部分が、削除されていた**。
(長く、「**ハッブルの功績を守るために、誰かが削った**」と疑われた。
**2011年**、王立天文学会の会報に載った調査で、**ルメートル自身が、翻訳の際に削除した**ことが判明した。
彼の手紙が見つかった。彼は、「その部分は、既にハッブルのより優れた観測によって置き換えられているので、再録する意義がない」という趣旨のことを書いていた。)
**2018年**、国際天文学連合が、投票により、この法則を「**ハッブル=ルメートルの法則**」と呼ぶことを推奨した。
**その後**。
- **ハッブル定数**の値は、長く論争の的だった。
(ハッブル自身の値——**500 km/s/Mpc**。
現在の値——**約67〜73 km/s/Mpc**。
——**7倍以上、違う**。距離の測り方が、根本的に改善された。)
- そして、**いまも、論争が続いている**。
(**ハッブル・テンション**。
宇宙の初期(宇宙マイクロ波背景放射)から求めた値と、近くの銀河から直接測った値が、**一致しない**。
67と73。誤差の範囲を超えて、食い違っている。
——**まだ、答えが出ていない**。)
- **1998年**、超新星の観測から、**膨張が、加速している**ことが判明した。
(**ダークエネルギー**。
——**宇宙の約68%を占めるとされる、正体不明のものである**。)
**ハッブル**。
彼は、**ノーベル賞を、受けなかった**。
(当時、**天文学は、物理学賞の対象と見なされていなかった**。
彼は、それを変えるよう、広報の担当者を雇ってまで、運動した。
**1953年、委員会が方針を変えた**とされる。
——**その年に、彼は死んだ**。9月28日、脳卒中。63歳。
ノーベル賞は、死者には与えられない。)
**1990年**、**ハッブル宇宙望遠鏡**が打ち上げられた。
(そして、**鏡の研磨に誤りがあり、像がぼやけた**。
1993年、スペースシャトルによる修理。**補正光学系**を取り付けた。
——以後、30年以上、観測を続けている。)
**ウィルソン山**。
いまも、望遠鏡は、そこにある。
そして、ロサンゼルスの**光害**のため、**深宇宙の観測には、ほとんど使えない**。
(彼が宇宙の大きさを測った場所から、いま、宇宙はよく見えない。)