概要
古代の馬具は、帯を馬の首に回して引かせる。力を出すほど気管と血管を圧迫し、馬は自分の首を絞めながら働く。だから重い荷は牛に引かせた。中国で先に現れた、肩の骨に当てる硬い枠が、中央アジアを経て九世紀のヨーロッパに届く。馬の牽引力が数倍になった。馬は牛より速く、持久力があり、長く働く。重い犂で北ヨーロッパの粘土質の土が耕せるようになり、農民は遠くの畑まで通えるようになった。村の形が変わった。
場所
50.78°N 6.08°E · ドイツ
本文
**問題**。
(——**古代の馬具**。
〈**——**「喉帯・腹帯式」**(throat-and-girth harness)。
**——**帯を、**馬の首の付け根**と、**胴**に、回す**。
**そして、**そこから、**車や犂に、繋ぐ**。
**——**馬が、前へ進もうとすると、**首の帯が、**喉に、食い込む**。〉
**結果**。
〈**——**気管が、圧迫される**。
**そして、**頸静脈が、圧迫される**。
**——**馬が、**息ができなくなる**。
**——**だから、**強く引けない**。
**〈——引こうとすればするほど、**自分の首を、絞める**。〉**〉
**だから**。
〈**——**重い荷は、**牛に、引かせた**。
**——**牛は、**首の付け根に、**大きな瘤(頸峰)**か、**角の後ろの太い骨**がある**。
**——**そこに、**軛**(くびき、yoke)**を、載せられる**。
**〈——牛の骨格は、**押す力を、そこで受けられる**ようにできている。〉**
**——**そして、**牛は、遅い**。
**〈——時速3キロ程度。〉**〉)
**答え**。
(——**首ではなく、**肩**で、引く**。
〈**——**硬い、楕円形の枠**を、**馬の肩に、当てる**。
**——**内側に、**詰め物**(藁、毛、皮)。
**そして、**その枠から、**引き綱を、出す**。
**——**力が、**肩甲骨と、胸の骨格**に、かかる**。
**——**喉が、**押されない**。〉
**結果**。
〈**——**牽引力が、**数倍**になった、と推定されている**。
**〈——推定の幅は、大きい。**
**古い研究(ルフェーヴル・デ・ノエット、1920年代)は、**四倍から五倍**とした。**
**——後の研究は、**その実験の設定を、批判している**。**
**——それでも、**大幅な改善であったこと**は、確かである。〉**〉)
**起源**。
(——**中国**。
〈**——**先行する形として、**「胸帯式」**(breast-strap harness)が、**戦国時代から漢代**に、現れる**。
**——**首ではなく、**胸に、幅の広い帯**を、当てる**。
**〈——これだけでも、**大きな改善である**。〉**
**そして、**硬い枠の首輪**(頸環)が、**北魏から唐**の絵に、描かれている**。
**〈——敦煌の壁画。〉**
**——**5世紀から、遅くとも9世紀までに、成立していた**、と考えられている**。〉
**ヨーロッパへ**。
〈**——**中央アジアの遊牧民**を、経由した、と考えられている**。
**——**そして、**9世紀から10世紀**、**北ヨーロッパに、現れる**。
**〈——最初期の図像**——**トリアーの写本**(9世紀)**、**
**バイユーのタペストリー**(11世紀)に、**明瞭に、描かれている**。〉**〉)
**そして、何が、変わったか**。
(**(1)**重量有輪犂**。
〈**——**北ヨーロッパの土は、**重い粘土質**である**。
**——**地中海の、乾いた軽い土とは、違う**。
**そして、**それを耕すには、**土を切り、起こし、反転させる**、**重い犂**が要る**。
**〈——刃(コールター)、鋤先(プラウシェア)、そして撥土板(モールドボード)。〉**
**——**それを引くには、**大きな力**が要る**。
**〈——牛を、六頭から八頭、繋ぐ。**
**——そして、遅い。〉**
**——**馬なら、**二頭で、より速く、引ける**。〉
**(2)**耕せる面積が、増えた**。
〈**——**馬は、牛より、**一日に、長く、速く、働ける**。
**——**同じ人手で、**より広い畑を、耕せる**。〉
**(3)そして、**村の形**。
〈**——**馬が使えると、**畑まで、遠くても、通える**。
**——**それまで、**畑のそばに、住まなければならなかった**。
**——**散在する農家から、**大きな村に、集まって住む**ようになった、という議論がある**。
**〈リン・ホワイト・ジュニアの主張。**
**——そして、この因果を、**単純化しすぎている**、という批判もある。〉**〉
**(4)そして、**三圃制**。
〈**——**畑を、三つに分ける**。
**冬穀(小麦、ライ麦)/春穀(大麦、燕麦、そして豆類)/休閑**。
**——**それまでの二圃制(作付けと休閑を、半分ずつ)より、**収穫が、増える**。
**そして——**春穀に、**燕麦**を作れる**。
**——**燕麦は、**馬の飼料**である**。
**〈——馬を、養える。**
**そして、**馬が、耕す**。**
**——循環している。〉**
**さらに、**豆類が、**土に窒素を入れる**。〉)
**そして、代償**。
(——**馬は、**牛より、金がかかる**。
〈**(1)**飼料**。
**——**牛は、**草を食べる**。
**——**馬は、**穀物(燕麦)が、要る**。
**〈——重い仕事をさせるなら。〉**
**(2)**蹄鉄**。
**——**鍛冶屋が、要る**。**そして、**定期的に、金がかかる**。
**(3)そして、**食えない**。
**——**牛は、**働けなくなったら、食べられる**。
**——**馬は、**中世ヨーロッパで、**食べる習慣が、薄かった**。
**〈——732年、**教皇グレゴリウス3世**が、**馬肉食を、異教の習慣として禁じた**、とされる。**
**——そして、その影響の大きさについては、議論がある。〉**〉
**——**だから、**貧しい農民は、**牛を、使い続けた**。
〈**——**馬が、農耕の主役になるのは、**地域によっては、はるかに後**である**。
**そして、**牛と馬が、**併存し続けた**。〉)
**そして、終わり**。
(——**内燃機関**。
〈**——**19世紀末から20世紀前半**。
**——**トラクターと、トラック**。
**そして、**馬が、農村から、消えた**。
**〈——アメリカの農用馬・騾馬の頭数は、**1918年頃の約2,600万頭を頂点に、**
**1960年には、300万頭を下回った**。〉**〉
**——**千年、**ヨーロッパの農業を支えた仕組み**が、**数十年で、無くなった**。
〈**——**そして、**「馬力」**という単位だけが、残った**。〉)