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Event / できごと

飛脚

The hikyaku courier
AD1663年
重要度 4
ロシア帝国スペイン帝国中央アジアの諸ハン国チベットチュクチ明の滅亡後の軍閥アユタヤ朝Avaシャン諸邦Koryaks日本大越朝鮮王朝Itelmenラオスの諸国大越フィリピンカンボジアLan NaアイヌモシリAD1663年江戸
このできごとには、まだ自由に使える図版が見つかっていません。 代わりに、このデータベースが持っているAD1663年の版図を描いています(21勢力)

概要

江戸と大坂を、二人一組で走り継ぐ。継飛脚は幕府の公用で、東海道を三日から四日で走った。町飛脚は民間で、定期便を出し、書状も金銀も荷も運んだ。大坂の商人が仕立てた三度飛脚は、月に三度、定日に発した。為替と手形も、この網に乗った。江戸の相場を大坂へ、大坂の米相場を江戸へ。堂島の米相場は、旗振り通信という別の手段でも送られ、大坂から江戸まで数時間で届いたという記録がある。

場所

江戸
35.69°N 139.75°E · 日本・東京都(江戸城=現在の皇居)

本文

**街道**。

江戸幕府が整備した**五街道**——東海道、中山道、日光街道、奥州街道、甲州街道。

そこに、**宿場**を置いた。東海道に53、中山道に69。

各宿場は、**伝馬**(公用の馬と人足)を常備する義務を負った。

(東海道の宿場は、馬100頭と人足100人。これが、宿場町の重い負担であり、同時に権利でもあった。)

**三つの飛脚**。

**(1)継飛脚**。

**幕府の公用**。

書状を、宿場ごとに継いで走らせる。

**東海道(江戸〜京都、約490km)を、通常4日、急ぎで3日**。

(最速の記録として、大坂夏の陣の報せが、**約60時間**で江戸へ届いた、という記述がある。

そして、幕末、**桜田門外の変**〈1860年3月24日〉の報せが、江戸から京都へ、**3日**で届いた記録がある。)

御用の書状は、**朱塗りの箱**に入れ、宿場では最優先で扱われた。

**(2)大名飛脚**。

各藩が、江戸の藩邸と国元を結ぶために持った。

(**参勤交代**の制度により、大名は江戸と国元を往復し、妻子は江戸に置かれる。だから、常時、連絡が必要である。

**尾張藩の七里飛脚**——七里〈約27km〉ごとに継所を置いた。江戸と名古屋を、**3日**で。)

**(3)町飛脚**。

**民間**。これが、最も広がった。

**1663年**(寛文3年)、大坂の商人が、江戸との定期便を始めたとされる。

**三度飛脚**——月に**三度**、決まった日(2日、12日、22日)に発する。

(後に、より頻繁になった。江戸には「**定飛脚**」の問屋が生まれ、京都・大坂と結んだ。)

**運んだもの**。

- 書状 - **金銀**(為替と、現物の両方) - **荷物** - そして——**手形**。

**金融の網**。

これが、決定的である。

**大坂は、日本の商業の中心である**。米も、綿も、油も、ここに集まり、ここで値が決まる。

**江戸は、消費の都市である**。人口100万。日本最大。

その二つが、飛脚の網で結ばれた。

- 大坂の両替商が振り出した**手形**が、飛脚で江戸へ運ばれ、江戸の両替商が支払う。 - 現金を運ばない。(運べば、盗まれる。) - **鴻池**、**三井**——両替商が、この決済の網を握った。

(三井は、江戸で呉服を売った代金を、大坂での幕府の公金の送金に充てる、という仕組みを作った。現金を運ばずに、帳簿の上で相殺する。ヨーロッパの為替手形と、同じ原理である。)

**速さの価値**。

**堂島の米相場**。

1730年、幕府が公認した。**世界最初の、組織的な先物取引所**とされる。

(帳合米取引——現物の受け渡しをせず、差金で決済する。証拠金を積む。取引の期限がある。近代の先物市場の要素が、ほぼ揃っている。)

ここで決まる米の値が、全国の値の基準になる。

**だから、その値を、少しでも早く知りたい**。

**旗振り通信**。

飛脚より、速い方法があった。

山の上に人を立て、**大きな旗を振る**。次の山が望遠鏡で読み、また振る。

(望遠鏡は、江戸中期に日本に入っていた。)

大坂から、京都、大津、そして——**江戸まで**。

伝えられる所要時間——**大坂から京都まで、3〜4分**。**大坂から江戸まで、数時間**(記録により、3時間から8時間まで幅がある)。

(山の名に、その痕跡が残っている。「旗振山」「相場山」と呼ばれる山が、大坂から西と東へ、点々と存在する。)

**これは、公式の制度ではない**。米の仲買が、私的に組織した。

(幕府は、たびたび禁じた。しかし、止まらなかった。相場の情報を、他人より早く得ることに、それだけの価値があった。)

**電信の開通で、これが終わった**。

1870年代、電信線が引かれると、旗振りは消えた。

(ただし、電信は誰でも使える。**独占的な優位が、なくなった**。皮肉なことに、それによって、相場の情報の価値が、逆に下がった側面がある。)

**通信の速さと、値段**。

- **継飛脚**——幕府の公用。無料(ただし、宿場の負担で成り立っている)。 - **町飛脚**——距離と、速さと、重さで決まる。

(急ぐほど高い。江戸〜大坂の書状で、通常便と最速便で、料金が数倍から10倍以上違った。

「**正三日限**」——3日で必ず着ける、という最速の便が、最も高価だった。)

**明治**。

**1871年**(明治4年)、**前島密**が、近代の郵便制度を作った。

(彼は、イギリスの制度——ローランド・ヒルの改革——を研究した。全国均一料金、前払い、切手。)

そして、**飛脚問屋を、どうするか**という問題があった。

彼は、彼らを**排除しなかった**。

(郵便が国営になれば、飛脚問屋は失業する。前島は、彼らに**貨物の運送**へ転じるよう促した。

その結果——**陸運元会社**が作られ、後に**日本通運**になった。)

**残ったもの**。

- 「**飛脚**」の語は、いまも運送業の商標として使われている。 - 「**宅急便**」「**宅配便**」の網は、この時代の街道と宿場の構造を、部分的に引き継いでいる。 - そして、日本の郵便番号の第一桁は、東京を中心とした地域の区分だが、その基礎にある地理の感覚は、五街道の時代に遡る。

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