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Event / できごと

インド大三角測量

The Great Trigonometrical Survey
AD1802年
重要度 5
大英帝国オスマン帝国中央アジアの諸ハン国ペルシアオランダ領東インドアフガニスタンマラーター同盟ラタナコーシン朝(シャム)NejdビルマRajputsSikhsオロモブンデルカンドマダガスカルマラヤ大越ネパールフィリピンZanzibarNizam's DominionsカンボジアSindhAwsaCircarsMysoreCarnaticオマーンイエメンアラカンAD1802年チェンナイ
このできごとには、まだ自由に使える図版が見つかっていません。 代わりに、このデータベースが持っているAD1802年の版図を描いています(31勢力)

概要

東インド会社が、インド全土を三角測量で測る事業を始めた。ラムトンが起こし、ジョージ・エベレストが引き継いだ。半世紀以上かかった。測量士は、マラリアと虎と、そして半トンの経緯儀を担いで山を登った。死者が多く、ある年には隊員の半数が死んだ。1852年、計算室の主任ラダナート・シクダールが、ある山の高さが世界最高であると算出した。地元にチョモランマとサガルマータの名があったが、測量局は前任者の名を付けた。エベレスト本人は、それに反対した。

場所

チェンナイ
13.08°N 80.27°E · インド・タミル・ナードゥ州(旧マドラス)

本文

**始まり**。

**1802年4月10日**、マドラス(現チェンナイ)の郊外。

**ウィリアム・ラムトン**(東インド会社の軍人)が、**基線を測った**。

長さ——**7.5マイル**(約12km)。

(**鎖**で測った。100フィートの鋼鉄の鎖。

温度による伸縮を補正するため、**気温を測りながら**、木の櫓に載せて、水平を保って測る。

——**この一本の線の精度が、以後、インド全土の測量の精度を決める**。)

**インド大三角測量**(Great Trigonometrical Survey)。

**目的**——**インド亜大陸の全体を、三角測量で測る**。

**期間**——**1802年から、およそ70年**。

(正式には1871年まで。実際には20世紀に入っても続いた。)

**大弧**。

最初の主軸——**大子午線弧**(Great Arc)。

インドの南端**カニャークマリ**から、ヒマラヤまで。

**約2,400km**、**緯度にして21度**。

(——**これは、単なる地図作りではない**。

**地球の形を、精密に測る**という、科学の事業でもあった。

〈子午線弧の長さを、複数の緯度で測れば、**地球の扁平率**が求まる。当時、地球が完全な球ではないことは知られていたが、その形は、まだ精密には分かっていなかった。〉)

**装置**。

**大経緯儀**(Great Theodolite)。

角度を測る器械。

**重さ——約半トン**(1,100ポンド)。

(イギリスで作られ、船で運ばれた。〈最初の一台は、フランスの軍艦に拿捕され、後に返された。〉

これを、**12人で担いで**運ぶ。

そして、**山の上へ、櫓の上へ、寺院の塔の上へ、担ぎ上げる**。

——**測量点は、見通しのきく高所でなければならない**。)

(平地では、見通しが利かない。だから、**高さ20〜30メートルの櫓を建てた**。

あるいは、**寺院の塔**を使った。〈これが、しばしば宗教的な摩擦を生んだ。〉)

**過酷さ**。

- **マラリア**。 - **コレラ**。 - **虎と、豹と、蛇**。 - **暑熱**。 - そして、**ジャングルの伐開**。

(見通しを作るために、**木を切る**。数キロにわたって。)

**死者**。

記録に残る例——ある年、**測量隊の半数以上が、熱病で死んだ**。

(隊員の大半は、**インド人**である。測量士、担ぎ手、伐開の労働者、そして計算手。

——**彼らの名の大半は、記録されていない**。)

**ラムトン**。

彼は、この事業に、**20年**を費やした。

**1823年**、測量の途上、**移動中に死んだ**。

(インド中部で。62歳前後。)

**エベレスト**。

**ジョージ・エベレスト**(1790〜1866)。

ラムトンの助手から、**測量総監**(Surveyor General of India)へ。

(**極めて厳格な人物**として知られる。部下に対して、苛烈だった。

そして、**自分自身も、繰り返し病に倒れた**。何度も、療養のためイギリスへ帰り、また戻った。)

彼の貢献——**測量の精度を、飛躍的に上げた**。

- 器械の改良。 - 大気の屈折の補正。 - **夜間の測量**(**青色光**の信号灯と、**ヘリオトロープ**〈太陽光を鏡で反射して送る信号器〉を使った)。 - そして、**計算の方法の体系化**。

**ヒマラヤ**。

1830年代から、測量はヒマラヤの南麓に達した。

**問題**——**山に、登れない**。

(ネパールと、チベットは、**イギリス人の入国を、認めていなかった**。

だから、**遠くから、角度を測るしかない**。

——距離**150〜240km**。

そして、**大気の屈折**が、極めて大きい。光が、大気の密度の差で曲がる。

〈補正が、極めて難しい。時刻と、気温と、湿度で変わる。〉)

**1852年**。

計算室で。

**ラダナート・シクダール**(Radhanath Sikdar、1813〜70)。

(ベンガル人の数学者。ヒンドゥー・カレッジ出身。

**19歳**で測量局に「計算手」として採用され、後に**計算室の主任**になった。

——エベレストが、彼の数学の能力を高く評価していた記録がある。〉)

彼が、**ある山の高さを、計算した**。

当時の呼称——「**ピークXV**」。

**結果——29,002フィート**(8,840メートル)。

**世界最高である**。

(現在の値——**8,848.86メートル**〈2020年、中国とネパールの共同発表〉。

**誤差、約9メートル**。150km以上離れた場所から、19世紀の器械で測った値である。)

(有名な逸話——彼が測量総監の部屋に駆け込んで、「**世界で最も高い山を、見つけました**」と告げた、とされる。

**この逸話の史料的な裏づけは、確かではない**。当時、彼は測量総監のいるデヘラードゥーンではなく、カルカッタにいた、という指摘がある。)

**命名**。

**1856年**、当時の測量総監**アンドリュー・ウォー**(エベレストの後任)が、この山を「**マウント・エベレスト**」と命名することを提案した。

**理由**——

彼は、**現地の名を使うことを、方針としていた**。

しかし、この山については、「**現地に、確立した名が見つからない**」と主張した。

(——**これは、事実に反する**。

**チベット語で、チョモランマ**(ཇོ་མོ་གླང་མ、「世界の母なる女神」など、解釈は複数ある)。

**ネパール語で、サガルマータ**(सगरमाथा、「空の額」)。

〈ただし、「サガルマータ」は、20世紀に定着した名である可能性が指摘されている。19世紀の時点で、ネパール側の名がどれほど確立していたかは、議論がある。

チベット側の「チョモランマ」は、**18世紀の清朝の地図に、既に記載されている**。〉)

**そして——エベレスト本人が、反対した**。

**1857年**、王立地理学会での彼の発言。

理由として彼が挙げたもの——

- **地元の人が、発音できない**。 - **ヒンディー語で書き表せない**。 - そして、**自分の名を付けることに、個人的な抵抗がある**。

(——それでも、**1865年、王立地理学会が、この名を採用した**。)

(**皮肉**——「エベレスト」という英語の発音(イーヴレスト)は、**彼自身の姓の発音(イーヴァレスト)とも違う**。)

**成果**。

- インド亜大陸の、**精密な地図**。 - 地球の**扁平率**の、当時最良の測定。 - そして——**予期しない発見**。

**重力の異常**。

測量の途中、**理論値と、実測値が、合わない**箇所が出た。

(ヒマラヤの近くで、**鉛直線が、山に引かれる量が、計算より小さい**。

——山の質量が、予想より小さい。)

**1855年**、**プラットとエアリー**が、それぞれ説明を提出した。

**アイソスタシー**。

**山脈は、地殻が厚くなった部分であり、その下に「根」がある**。地殻が、より重いマントルの上に、**浮いている**。

(——**地球の内部構造についての、最初の実測に基づく理解の一つ**である。

そして、これが後の**プレートテクトニクス**の理解に、繋がっていく。)

**そして**。

測量が終わったとき、**インドは、地図の上で、完全に把握されていた**。

(——**それは、支配の道具である**。

税を取る土地の面積。軍を動かす経路。鉄道と電信の敷設。そして、境界。

**マシュー・エドニーが『帝国の地図を作る』(1997年)で論じたのが、この点である**。

地図は、**インドを「知る」ことによって、「所有する」ための装置**だった。)

**シクダール**。

彼は、測量局を退いた後、**ベンガル語の教育**と、**女性の教育**の推進に関わった。

(ベンガル語の科学の雑誌の編集。そして、**測量局で、下級の職員が搾取されていることを告発して、罰金を科された**記録がある。)

**1870年**、死去。56歳。

**彼の名は、山には、付いていない**。

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