概要
小魚を塩と一緒に石の槽に積み、日に晒して数か月置く。魚自身の酵素と細菌が身を分解し、澄んだ琥珀色の液が上がる。ローマ人はこれをほとんどの料理にかけた。産地と等級があり、上等品は同じ重さの香水に迫る値で取引された。ポンペイに製造業者アウルス・ウンブリキウス・スカウルスの家が残り、床のモザイクに壺の絵と銘が描かれている。同じ原理の調味料が、東アジアの魚醤と、そして醤油につながる。
場所
40.75°N 14.49°E · イタリア・カンパニア州
本文
**作り方**。
(——**小魚**を、**内臓ごと**、使う**。
〈**カタクチイワシ、サバ、マグロの内臓、そして雑多な小魚**。〉
**(1)**石やコンクリートの、大きな槽に、**魚と、塩を、層にして、積む**。
〈**——**塩の量が、**極めて多い**。
**〈魚に対して、**15%から30%**、という記述がある。**
**——腐敗菌が、育たない濃度である。**
**そして、**魚自身の酵素**は、**その塩分でも、働く**。〉**
**(2)**日に晒す**。
**(3)**数か月から、一年、置く**。
**(4)**魚の身が、**自分の酵素と、耐塩性の細菌によって、**分解していく**。
〈**——**自己消化**(autolysis)。
**——**タンパク質が、**アミノ酸とペプチドに、分解される**。
**——**グルタミン酸**が、大量にできる**。
**〈——うま味である。〉**〉
**(5)**上に、**澄んだ、琥珀色の液が、上がってくる**。
**——**それを、**濾して、取る**。〉)
**等級**。
(——**ローマ人は、**極めて細かく、区別した**。
〈**ガルム**(garum)——**上澄みの、上等品**。
**リクアメン**(liquamen)——**より一般的な、魚の液**。
**〈——両者の区別は、**時代と、著者によって、揺れる**。〉**
**アレック**(allec)——**槽の底に残る、**魚の残滓のペースト**。
**——**安い**。**貧民が、買った**。
**ムリア**(muria)——**さらに、薄いもの**。
**そして——**ガルム・ソキオルム**(garum sociorum、「同盟者のガルム」)。
**〈——**ヒスパニア、カルタゴ・ノヴァ産**。**
**——最高級品である。**
**プリニウスが、その値を記している。**
**「二コンギウス(約6.5リットル)が、千セステルティウス」。**
**——極めて高い。**
**〈同じ重さの香水に、迫る、という趣旨のことを、彼は書いている。〉〉**〉)
**臭い**。
(——**強烈である**。
〈**——**製造は、**都市の外**で、行うことが、義務づけられていた**。
**そして、**風下**である**。
**——**マルティアリス**が、**「ガルムの息をした女」**について、**風刺詩を書いている**。〉
**——**そして、**出来上がった液そのものは、**それほど、臭わない**、とされる**。
〈**——**現代の、**魚醤**(ヌクマム、ナンプラー、しょっつる)と、同じである**。
**——**製造の過程が、臭う**。**製品は、**旨い**。〉)
**使い方**。
(——**ほとんど、あらゆる料理に、かけた**。
〈**——**アピキウスの料理書**(4〜5世紀に編纂)に、**約470の料理**が載っている**。
**そのうち、**大半に、**リクアメンが、入っている**。〉
**そして、**混ぜ物**。
〈**オエノガルム**(ワインと混ぜる)。
**オクシガルム**(酢と)。
**ヒュドロガルム**(水と)。
**オレオガルム**(油と)。
**——**塩の代わりに、使った**。〉
**さらに、**薬として**。
〈**——**犬に噛まれた傷、赤痢、そして、**「口内の潰瘍」**。
**——**プリニウスが、**列挙している**。〉)
**ポンペイ**。
(——**アウルス・ウンブリキウス・スカウルス**。
〈**——**ガルムの、大手の製造業者**である**。
**彼の家が、**ポンペイに、残っている**。
**〈第7区、第16街区。〉**
**——**そして、**玄関のモザイクの床**に、**四つの壺**が、描かれている**。
**そして、それぞれに、**銘が、書かれている**。
**「G(ari) F(los) SCOM(bri) SCAURI EX OFFI(ci)NA SCAURI」**
**——**「サウルスの、鯖の、ガルムの花(最上級品)。**
**スカウルスの工房より」**。
**——**自分の商品の広告を、**自宅の玄関の床に、敷いた**。〉
**そして、**壺**。
〈**——**ポンペイで、**多数の壺(アンフォラ)が、出土している**。
**そこに、**内容物、等級、産地、そして製造者**が、**墨で書かれている**。
**——**ラベルである**。
**〈——古代の商品の流通を、**極めて具体的に、知ることができる史料になっている**。〉**〉)
**産地**。
(——**最大の産地は、**ヒスパニア(イベリア半島)**である**。
〈**バエティカ(現アンダルシア)と、カルタゴ・ノヴァ**。
**——**大西洋岸と、地中海岸に、**大規模な製造の遺跡**がある**。
**〈——巨大な、コンクリートの槽の列。**
**——バエロ・クラウディア(スペイン)、リクソス(モロッコ)。〉**
**そして、**そこから、**帝国全域へ、船で運ばれた**。〉
**——**そして、**ブリタニアの、ハドリアヌスの長城の要塞**からも、**壺が出ている**。
〈**——**帝国の端まで、届いていた**。〉)
**その後**。
(——**西ローマの崩壊とともに、**大規模な生産は、消えた**。
〈**——**理由**。
**(1)**流通の網が、切れた**。
**(2)**塩が、高くなった**。
**〈——大量の塩を使う。**
**——製塩と、輸送の体制が、必要である。〉**
**(3)そして、**食文化が、変わった**。〉
**——**ただし、**完全に、消えたわけではない**。
〈**——**ビザンツでは、続いた**。
**そして、**イタリア南部、カンパニア州チェターラ**に、**「コラトゥーラ・ディ・アリーチ」**がある**。
**——**カタクチイワシを、塩に漬けて、樽の底から取る液**。
**——**ガルムの、直系の子孫**とされる**。
**〈中世の修道院で、作り方が、保たれた。〉**
**そして、**現在、パスタにかける**。〉)
**そして、東**。
(——**同じ原理の調味料が、**東アジアにある**。
〈**——**中国の**鮓**と**醢**(塩辛と、魚醤)。
**——**そして、**日本のしょっつる、いしる**。
**——**ヴェトナムの**ヌクマム**、**タイの**ナンプラー**。
**そして、**魚から、大豆へ**。
**〈——中国の**醤**(ひしお)。**
**——原型は、**肉と魚の塩漬け**である。**
**そして、**大豆を使うものが、主流になった**。**
**——それが、**味噌と、醤油**になった。〉**〉
**——**独立に、あるいは、**別々に、**同じところへ、辿り着いている**。
〈**——**理由は、単純である**。
**タンパク質を、塩と時間で分解すれば、**アミノ酸ができる**。
**——**そして、**人間の舌は、**それを、旨いと感じる**ように、できている**。
**〈2000年、**うま味の受容体が、同定された**。〉**〉)