概要
天文学者ドゥ・メランが、オジギソウの葉が朝に開き夜に閉じることに気づいた。そして、その鉢を暗い戸棚に入れた。光が来なくても、葉は同じ周期で開閉を続けた。生物の中に、時計がある。この観察が正しく理解されるまで200年以上かかった。1970年代、ショウジョウバエで周期を狂わせる遺伝子が見つかった。1984年、その遺伝子が単離された。仕組みは、タンパク質が自分の合成を抑える、約24時間の負のフィードバックである。2017年、ノーベル賞。
場所
48.86°N 2.35°E · フランス
本文
**1729年**。
**ジャン=ジャック・ドルトゥス・ド・メラン**。
パリ科学アカデミーの会員。**天文学者**である。
(彼の主な仕事は、地球の自転と、オーロラと、そして熱の研究である。
——**植物学者ではない**。)
**観察**。
彼は、**オジギソウ**(*Mimosa pudica*)を、育てていた。
(触ると葉を閉じる、あの植物である。)
そして、**この植物が、触らなくても、朝に葉を開き、夕方に閉じる**ことに気づいた。
(当時、これは**光への反応**だと考えられていた。
——太陽が昇れば開き、沈めば閉じる。当たり前である。)
**実験**。
彼は、**鉢を、暗い戸棚に入れた**。
**光が、まったく来ない**。
**それでも、葉は、同じ周期で、開閉を続けた**。
(——**外の光を、感じていない**。
**それでも、時刻を知っている**。)
**彼自身は、この結果を発表していない**。
(彼の助手が、アカデミーに報告した。
そして、記録は、**わずか数行**である。
——ド・メラン自身は、これを重要と考えていなかったらしい。
〈彼は、**植物が、光ではなく、何か別の「太陽の影響」を感じているのだろう**、と推測した。〉)
**200年**。
**この観察が、正しく理解されるまでに、200年以上かかった**。
(——**「植物が、外部の手がかりなしに、時刻を知っている」ということが、何を意味するのか**。
体内に、時計がある。
それは、**遺伝子に、書かれている**。
——**この理解に至るまで、遺伝子そのものの理解が必要だった**。)
**途中の仕事**。
- **1832年**、**ド・カンドル**。ド・メランの実験を、より厳密に繰り返した。
**そして、決定的な観察をした**。
**暗闇の中では、周期が、24時間ではなくなる**。
**約22〜23時間**になった。
(——**つまり、内部の時計は、正確に24時間ではない**。
**そして、通常は、外の光によって、毎日、24時間に合わせられている**。
〈これが、後に「**同調**」(entrainment)と呼ばれる現象である。〉)
- **1935年**、**エルヴィン・ビュニング**が、この周期が**遺伝する**ことを示した。 - **1959年**、**フランツ・ハルバーグ**が、「**サーカディアン**」(circadian)という語を作った。
(ラテン語 **circa**(およそ)+ **dies**(日)。
——「**およそ一日の**」。)
- **1962年**、**ミシェル・シフル**(フランスの地質学者)が、**氷河の洞窟に、63日間、時計なしで籠った**。
(——彼の生活の周期は、**約24時間30分**に落ち着いた。
そして、**時間の感覚が、ずれた**。彼は、地上に戻ったとき、自分が数えていた日数より、**実際には25日多く経っていた**ことを知った。)
**遺伝子**。
**1971年**。
**シーモア・ベンザー**と、その大学院生**ロナルド・コノプカ**(カリフォルニア工科大学)。
**方法**——**ショウジョウバエに、突然変異を起こさせ、周期が異常な個体を探す**。
(——**行動を、遺伝学で調べる**という発想が、当時、極めて新しかった。
〈行動は、複雑すぎて、単一の遺伝子では説明できない、と広く考えられていた。〉)
**彼らは、三種類の変異体を見つけた**。
- 周期が**19時間**になったもの。 - 周期が**28時間**になったもの。 - そして、**周期が、まったくなくなった**もの。
**すべてが、X染色体の、同じ場所の変異だった**。
**一つの遺伝子**である。
彼らは、それを **period**(**per**)と名づけた。
(——**論文は、最初、『サイエンス』と『ネイチャー』に、掲載を拒否された**。
**信じられなかった**からである。
〈結局、『米国科学アカデミー紀要』に載った。1971年。〉
そして、**コノプカは、その後、大学で終身の職を得られなかった**。彼は小さな大学で教え、2015年に死んだ。)
**単離**。
**1984年**。
**ジェフリー・ホール**と**マイケル・ロスバッシュ**(ブランダイス大学)、そして**マイケル・ヤング**(ロックフェラー大学)が、**独立に、per 遺伝子を単離した**。
**仕組み**。
そして、彼らが解明した機構。
**(1)per 遺伝子が、転写され、PERタンパク質が作られる**。
**(2)PERが、細胞質に溜まっていく**。
**(3)PERが、核の中へ入る**。
**(4)核の中で、PERが、自分自身の遺伝子の転写を、抑える**。
**(5)だから、PERの生産が、止まる**。
**(6)既にあるPERが、分解されていく**。
**(7)PERが減ると、抑制が外れる**。
**(8)また、転写が始まる**。
**この一巡が、約24時間である**。
(**負のフィードバック・ループ**。
——**タンパク質が、自分の合成を、抑える**。
**それだけである**。
〈そして、この基本の仕組みは、ハエでも、カビでも、植物でも、そして**人間でも**、本質的に同じである。〉)
(ヤングが、**timeless**(**tim**)遺伝子と、**doubletime**(**dbt**)遺伝子を見つけた。
TIMがPERと結合して、核へ運ぶ。DBTがPERを分解して、遅延を作る。
——**遅延がなければ、周期は生まれない**。)
**2017年、ノーベル生理学・医学賞**。
**ホール、ロスバッシュ、ヤング**。
**人間**。
**視交叉上核**(SCN)。
(脳の視床下部にある、**約2万個の細胞の塊**。左右に一つずつ。
**ここが、体全体の時計の中枢である**。)
そして——
**体の、ほぼすべての細胞が、それぞれ時計を持っている**。
(肝臓、腎臓、心臓、皮膚。
**SCNが、それらを、同調させている**。)
**同調**。
**光**が、主要な手がかりである。
(**メラノプシン**を含む、特別な網膜の細胞が、**青い光**を感じて、SCNへ直接、信号を送る。
——**視覚のためではない、光の受容体**である。2000年代に同定された。
〈だから、**目が見えない人でも、光による同調が働くことがある**。〉)
**帰結**。
**(1)時差ぼけ**。
**(2)交代勤務**。
(夜勤と日勤を繰り返すことによる、慢性的な不同調。
——**WHOの国際がん研究機関(IARC)は、2007年、「概日リズムの乱れを伴う交代勤務」を、「**ヒトに対しておそらく発がん性がある**」(グループ2A)に分類した**。
〈2019年の再評価でも、この分類が維持された。〉)
**(3)薬**。
(**時間治療学**(chronotherapy)。
——**同じ薬を、同じ量、投与しても、時刻によって効果と副作用が違う**。
血圧の薬、抗がん剤、そしてワクチン。
〈研究が進みつつあるが、臨床への実装は、まだ限定的である。〉)
**(4)夜の光**。
(**LEDと、画面の青い光**が、夜、時計を後ろへずらす。
——現代の睡眠の問題の、主要な要因の一つとして論じられている。)
**(5)クロノタイプ**。
(**朝型と、夜型**。
——**遺伝的な要素が、相当ある**。per遺伝子の変異と、朝型・夜型の関係が、実際に見つかっている。
〈**家族性睡眠相前進症候群**——極端な朝型。夜7時に眠くなり、朝2時に目覚める。**PER2遺伝子の一つの変異による**ことが、2001年に示された。〉
そして、**社会の要求する時間割が、夜型の人には不利である**、という議論。
「**社会的時差ぼけ**」(social jet lag)。)
**そして**。
1729年、パリで、天文学者が、**鉢植えを戸棚に入れた**。
葉は、暗闇の中で、開き続けた。