概要
豊作の年は米が安く、農民が困る。凶作の年は高く、都市の貧民が困る。前漢の宣帝の時代、耿寿昌が提案した。国家が、安い年に買い上げ、高い年に放出する。価格を平らにするので常平という。米を蓄えるだけでなく、市場に介入して値を動かす仕組みである。隋唐の義倉、宋の社倉、そして朝鮮の還穀と日本の江戸期の囲米へ。1938年、アメリカの農業調整法にも同じ名の制度が入った。起草に関わった学者が、中国の古典から取ったと述べている。
場所
34.27°N 108.95°E · 中国・陝西省西安
本文
**問題**。
**豊作の年**——米が余る。**値が下がる**。
農民が、作っても金にならない。
**凶作の年**——米が足りない。**値が上がる**。
都市の貧民が、買えない。
(——**豊作でも凶作でも、誰かが困る**。
そして、**商人が、その差で儲ける**。安く買い、蔵に積み、高く売る。)
**提案**。
**前漢、宣帝の五鳳4年(前54年)**。
**大司農中丞、耿寿昌**(こうじゅしょう)が、上奏した。
(彼は、算術に長けた人物として記録されている。『九章算術』の編纂に関わったとされる。)
**方法**。
**国家が、市場に入る**。
- **値が安いとき、相場より高く買い上げる**。 - **値が高いとき、相場より安く放出する**。
**価格を、平らにする**。
だから——**常平**(**常に平らに**)。
**倉**を、辺境の郡と、穀物の集散地に置いた。
**常平倉**。
**効果**。
(『漢書』食貨志に、この制度の記述がある。
——実施の直後、穀物の価格が安定し、農民が利益を得た、と記されている。)
**そして、批判もあった**。
(数年後、儒者から「**国家が商売をするのは、本来の政治ではない**」という批判が出て、一時、廃止された。
——**この対立は、以後、繰り返し現れる**。
〈**塩鉄論争**〈前81年〉と、同じ構図である。国家が経済に介入すべきか、否か。〉)
**系譜**。
**(1)義倉**(隋、585年)。
(**性格が違う**。
常平倉は**価格の調整**が目的である。
義倉は、**災害の備え**である。
——民から穀物を集めて、村ごとに蓄える。凶作のとき、それを放出する。
〈隋の文帝が、長孫平の提案で始めた。当初は民の自治的な運営だったが、次第に国家の管理に移り、**事実上の税**になった。〉)
**(2)社倉**(宋、1168年)。
(**朱熹**が、福建で実施した。
——**村の単位で、村人が運営する**。
貸し出して利子を取り、それを元本に加えていく。
〈朱子学の実践として、後世、繰り返し模範とされた。〉)
**(3)朝鮮——還穀**(かんこく)。
(春に貸し、秋に利子を付けて返させる。
——**極めて重要な財源になり、そして、極めて激しい収奪の手段になった**。
〈19世紀、**三政の紊乱**〈田政、軍政、還政〉の一つとして、農民反乱の主要な原因になった。
**1862年の壬戌民乱**、そして**1894年の東学農民戦争**の背景にある。〉)
**(4)日本**。
- **奈良時代**——**義倉**の制度が、律令に取り入れられた。
(**大宝律令**に規定がある。粟を集めて蓄える。)
- **江戸期**——**囲米**(かこいまい)。
(**1789年**、松平定信の**寛政の改革**。
——**天明の飢饉**〈1782〜88年。東北で数十万人が死んだ〉の後である。
各藩と、そして江戸の町に、備蓄を命じた。
**七分積金**——町の経費を節約させ、その7割を積み立てさせた。
〈この積立金が、後に**東京の市政の資金**になった。明治になって、その残額が東京府に引き継がれ、養育院と、そして都市の整備に使われた。〉)
**(5)そして、アメリカ**。
**1938年、農業調整法**(Agricultural Adjustment Act of 1938)。
その中に、**"ever-normal granary"**(常に平らな倉)という制度が入った。
(**豊作の年に、政府が農産物を担保に融資し、農民が市場に出さずに済むようにする**。
**凶作の年に、それを放出する**。)
**名称の由来**。
**農務長官ヘンリー・A・ウォレス**(後の副大統領)が、この語を使った。
**彼は、中国の常平倉から取ったと、明言している**。
(——**経済学者陳煥章**の『**孔門理財学**』〈コロンビア大学の博士論文、1911年、英語〉が、常平倉を英語圏に紹介していた。
ウォレスは、この本を読んでいた。
〈彼は、自身も植物育種家である。ハイブリッド・コーンの会社〈後のパイオニア・ハイブレッド〉を創業した人物でもある。〉)
**現在**。
- **戦略備蓄**——石油、穀物、そして医薬品。 - **中国の食糧備蓄**(規模は公表されていないが、世界最大とされる)。 - **日本の政府備蓄米**(約100万トン)。 - そして、**国際的な議論**。
(**備蓄は、市場を歪めるか**。
——WTOの交渉で、**途上国の食糧備蓄**が、農業補助金として問題にされてきた。
2013年、インドが強く主張して、**バリ合意**で暫定的な扱いが認められた。
〈食糧の安全保障と、自由貿易の原則が、正面から衝突する場所である。〉)
**そして**。
2000年以上前に、一人の役人が上奏した仕組みが、
**名前を含めて、いまも使われている**。