できごと

無償労働を数える

World Conference on Women, 1995
AD1995年9月15日
重要度 4
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概要

第4回世界女性会議の行動綱領に、各国政府への要求が入った。無償労働を測定し、国民経済計算のサテライト勘定として記録すること。生活時間調査を行うこと。以後、各国が調査を始めた。日本の推計で、無償労働の貨幣評価はGDPの2割前後にあたる。世界では、女性が男性の2倍から10倍の無償労働を担っている。数えても、支払われるわけではない。それでも、数えなければ、議論の対象にすらならない。

場所

北京
39.90°N 116.41°E · 中国

本文

1995年9月4日から15日まで、北京で国連の第4回世界女性会議が開かれた。1975年のメキシコシティ、1980年のコペンハーゲン、1985年のナイロビに続く会議で、189か国の政府代表が集まった。並行して開かれた市民団体の会議には、世界から三万人ほどが参加した。もっとも、その会場は北京の中心から五十キロほど離れた懐柔に置かれ、参加者は政府による隔離だと批判した。雨で会場がぬかるむなか、それでも記録的な数の人々が集まった。会議の二日目には、アメリカのヒラリー・クリントン大統領夫人が演説し、人権は女性の権利であり、女性の権利は人権である、と述べて広く報じられた。

会議は北京宣言と行動綱領を採択した。行動綱領は、貧困、教育、健康、女性への暴力、武力紛争、経済、権力と意思決定、人権、メディア、環境、そして女児など、十二の重大な問題の領域を掲げた。そのうち経済の項目に、目立たないが大きな意味を持つ要求が書き込まれた。各国の政府は、家事や育児、介護といった無償の労働の量と、それが経済に果たしている役割を測る方法を作ること。人々の時間の使い方を調べる生活時間調査を定期的に行うこと。そしてその結果を、国の経済の統計の「サテライト勘定」として記録すること、である。

会議中に行われたヒラリー・クリントンによる演説
会議中に行われたヒラリー・クリントンによる演説Wikimedia Commons President (1993-2001 : Clinton). White House Photograph Office. 1/20/1993-1/20/2001 · Public domain

無償の労働は、それまで国の経済の統計に現れなかった。1930年代に国民所得の発明で形作られた国内総生産(GDP)は、市場で売り買いされるものを数える仕組みである。家政婦を雇って料理をさせればGDPに入るが、家族が同じ料理を作ってもGDPには入らない。家事に賃金を払えと訴えた1970年代の運動(家事労働に賃金を)や、アイスランドの女性たちが一斉に仕事と家事を休んでみせた日(アイスランドの女性の休日)は、この見えない労働を目に見えるものにしようとする試みだった。北京の行動綱領は、それを各国の統計の仕事として求めたのである。

サテライト勘定とは、GDPの本体には入れず、別の枠で並べて作る勘定のことである。無償の労働を本体に入れれば、GDPの定義が変わり、国どうしの比較や過去の数字とのつながりが崩れてしまう。だから衛星のように、本体のかたわらに置く。

北京での世界女性会議に出席したチリの政治家たち
北京での世界女性会議に出席したチリの政治家たちWikimedia Commons Biblioteca del Congreso Nacional · CC BY 3.0 cl

測るための道具が、生活時間調査である。調査に協力する人に、一日二十四時間の行動を十分から十五分ごとに日誌に書いてもらう。大事なのは、同時に何をしていたかも書いてもらうことだ。育児と洗濯と料理は、しばしば同時に行われる。いちばん主な行動だけを記録すると、子どもを見ながら料理をしていた時間は料理とだけ数えられ、育児の時間がひどく少なく出てしまう。測り方しだいで、結果は大きく変わる。

次に、その時間にいくらの値をつけるかが問題になる。一つは、その人が外で働いていたら得られたはずの賃金で値をつける方法だが、これだと同じ皿洗いでも、弁護士がすれば高く、職の無い人がすれば安くなってしまう。もう一つは、同じ仕事を人に頼んだらいくら払うかで値をつける方法で、料理は調理人、掃除は清掃の作業員、育児は保育士の賃金で数えるやり方と、家事使用人を一人雇ったとしてまとめて数えるやり方がある。どれを選ぶかで金額は何倍も違い、国どうしの比較を難しくしている。

それでも、数えてみると大きさははっきりする。日本の内閣府の推計では、日本では、国の生活時間の調査(社会生活基本調査)が1976年から五年ごとに行われてきた。北京会議の二年後の1997年には、当時の経済企画庁が無償労働を金額に直した推計を初めて公表している。その後の無償の労働を金額に直すと、GDPの二割から三割近くにあたり、その四分の三ほどを女性が担っている。経済協力開発機構(OECD)の加盟国では、女性は平均して男性の二倍ほどの無償労働をしているが、国による差が大きい。北欧の国では一・三倍から一・五倍ほどだが、日本や韓国では四倍から五倍にもなり、加盟国の中で最も差の大きい部類に入る。国際労働機関(ILO)の2018年の推計では、世界で一日に百六十四億時間もの無償のケア労働が行われ、その四分の三以上を女性が担っている。最低賃金で値をつけると、世界のGDPのおよそ九パーセントにあたるという。

なぜ数えるのか。数字が無ければ、政策の議論の土俵に上がらないからである。女性の働き手を増やせという政策も、家の中の仕事の総量を考えずに立てれば、女性の働く時間の合計が増えるだけになる。経済の見え方も変わる。保育を家庭から保育所へ移せば、GDPは増える。だが子どもが育てられていることに変わりはなく、生産が増えたとは言い切れない。家事の負担が電気洗濯機のような機械でどう変わったのかも、数えてはじめて議論できる。年金や離婚のときの財産分与、介護をする家族への支援も、家にいた人は働いていなかった、という前提で長く設計されてきた。

北京の後、流れは少しずつ進んだ。2013年、ILOの国際労働統計家会議は「労働」の定義を改め、無償のケア労働や自分の家で使うための生産も、労働の一つの形として定義に含めた。それまで国際統計で「労働」と言えば、賃金を得る活動のことだった。2015年に国連で採択された持続可能な開発目標(SDGs)にも、無償の育児・介護や家事労働を認識し、評価することが目標の一つとして入り、生活時間調査による無償労働の時間がその物差しとされた。

限界もある。数えたからといって、誰かにお金が支払われるわけではない。生活時間調査は費用がかかり、多くの国では数年に一度しか行われず、実施していない国も多い。子どもが眠っているあいだ家を離れられない時間のように、何もしていないが自由でもない時間をどう数えるかも、まだ決まっていない。数えることは、解決ではない。だが数えなければ、それは無いことにされてしまう。北京の行動綱領の数行は、その見えなかった労働を、統計の表の上に引き出す最初の一歩だった。

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