概要
第4回世界女性会議の行動綱領に、各国政府への要求が入った。無償労働を測定し、国民経済計算のサテライト勘定として記録すること。生活時間調査を行うこと。以後、各国が調査を始めた。日本の推計で、無償労働の貨幣評価はGDPの2割前後にあたる。世界では、女性が男性の2倍から10倍の無償労働を担っている。数えても、支払われるわけではない。それでも、数えなければ、議論の対象にすらならない。
場所
39.90°N 116.41°E · 中国
本文
**会議**。
**1995年9月4〜15日、北京**。
**第4回世界女性会議**。
(1975年メキシコシティ、1980年コペンハーゲン、1985年ナイロビに続く。)
**189か国**の政府代表。そして、並行して開かれたNGOフォーラムに、**約3万人**。
(NGOフォーラムは、北京市内ではなく、**約50km離れた懐柔**で開かれた。
——参加者が、この隔離を批判した。雨が降り、会場が泥になった。それでも、記録的な数が集まった。)
**ヒラリー・クリントン**の演説(9月5日)が、広く報じられた。
「**人権は女性の権利であり、女性の権利は人権である**」。
(当時、アメリカと中国の関係が緊張しており、彼女が出席するかどうかが問題になっていた。彼女は出席し、そして中国を含む各国の人権の状況を、名指しを避けつつ批判した。)
**北京宣言と行動綱領**。
**12の重大問題領域**を設定した。
貧困、教育、健康、暴力、武力紛争、経済、権力と意思決定、制度、人権、メディア、環境、そして女児。
**そのうち、「経済」の項目に、次の要求が入った**。
**行動綱領 第206条 (f)(g)(h)**。
各国政府に対して——
(1)**無償労働の量と、その経済への貢献を、測定するための、適切な手段を開発すること**。
(2)**生活時間調査**(タイム・ユース・サーベイ)を、定期的に行うこと。
(3)その結果を、**国民経済計算の「サテライト勘定」**として、記録すること。
**サテライト勘定**。
(GDPの本体には、入れない。
**別枠で、並行して作る**。
——本体に入れると、GDPの定義が変わり、国際比較と時系列の連続性が壊れる。
だから、**衛星のように、傍らに置く**。)
**生活時間調査**。
方法——**人々に、24時間の行動を、記録してもらう**。
(10分から15分ごとに、何をしていたかを、日誌に書く。
そして、「**同時に、他のことをしていたか**」も、記録する。
——これが、重要である。
**育児と、洗濯と、料理は、しばしば同時に行われる**。「主たる行動」だけを記録すると、**育児の時間が、大幅に過少に出る**。
〈子どもを見ながら料理をしている時間を、料理と数えるか、育児と数えるか、両方と数えるか。**測り方で、結果が大きく変わる**。〉)
**評価の方法**。
無償労働に、**いくらの値を付けるか**。
二つの方法がある。
**(1)機会費用法**。
**その人が、外で働いていたら得られたであろう賃金**で評価する。
(——**問題**。同じ皿洗いが、弁護士がやれば高く、失業者がやれば安くなる。)
**(2)代替費用法**。
**同じ作業を、他人に頼んだら、いくら払うか**で評価する。
さらに二つに分かれる。
- **専門家代替**——料理はコックの賃金、掃除は清掃員の賃金、育児は保育士の賃金。 - **一般代替**——**家政婦を一人雇った場合の賃金**で、全部をまとめて評価する。
(——**方法によって、金額が数倍違う**。
だから、国際比較が難しい。)
**数字**。
**日本**(内閣府の推計)。
無償労働の貨幣評価額——**GDPの約15〜20%**に相当する。
(2021年の推計で、代替費用法(一般代替)による評価額は、**約143兆円**。
そして——**その約4分の3を、女性が担っている**。)
**OECD**。
加盟国の平均で、**女性は、男性の約2倍**の無償労働を行っている。
(**国による差が、極めて大きい**。
北欧諸国——1.3〜1.5倍。
**日本と韓国**——**4〜5倍**。(OECDの中で、最も差が大きい部類である。)
一部の低・中所得国——**10倍**を超える。)
**世界**(ILOの2018年の推計)。
- 世界で、**一日に、約164億時間**の無償のケア労働が行われている。 - そのうち、**76.2%**を、女性が担っている。 - 最低賃金で評価すると、**世界のGDPの約9%**に相当する(約11兆ドル)。
**なぜ、数えるのか**。
**(1)政策の対象になる**。
(数字がなければ、議論の俎上に載らない。
——「女性の労働参加率を上げよ」という政策が、無償労働の総量を考えずに立てられれば、**女性の総労働時間が増えるだけ**になる。)
**(2)経済の見え方が、変わる**。
(GDPが成長していても、**それが、無償労働を市場に移しただけ**なら、実質は変わっていない。
例——保育を家庭から保育所へ移せば、GDPは増える。**しかし、子どもは同じように育てられているだけ**である。
〈もちろん、質と、選択肢と、女性の就労機会は変わる。しかし、「生産が増えた」わけではない。〉)
**(3)そして——分配の議論の、前提になる**。
(年金。離婚時の財産分与。介護者への支援。
——「彼女は働いていなかった」という前提が、これらの制度の設計に、長く組み込まれていた。)
**その後**。
- **2013年**、ILO第19回国際労働統計家会議。
**「労働」の定義を、改定した**。
**無償のケア労働と、自家消費のための生産を、「労働」の一形態として、定義に含めた**。
(それまで、**国際的な統計の定義において、「労働」とは、賃金を得る活動を指していた**。
——**定義が、変わった**。)
- **2015年、持続可能な開発目標(SDGs)**。
**目標5.4**——
「**公共のサービス、インフラ、社会保障政策の提供、そして各国の状況に応じた世帯内・家族内における責任分担を通じて、無償の育児・介護や家事労働を認識・評価する**」。
(**「認識する(recognize)」という語が、明示的に入っている**。
そして、指標として、**生活時間調査による無償労働の時間**が採用された。)
**限界**。
**数えても、支払われるわけではない**。
(サテライト勘定は、**記録である**。それによって、誰かに金が渡るわけではない。)
そして、**測定そのものに、問題がある**。
- 生活時間調査は、**費用がかかる**。多くの国で、数年に一度しか行われない。 - 途上国では、実施されていない国が多い。 - 「同時並行の活動」の扱いが、国によって違う。 - そして——**「待機している時間」を、どう数えるか**。
(子どもが寝ている間、家にいなければならない時間。
**何もしていない。しかし、自由ではない**。
——これを労働時間に入れるかどうかで、数字が大きく変わる。)
**そして**。
数えることは、解決ではない。
しかし——**数えなければ、それは、無いことになる**。